第4話 銀月荘
次の日、金城町駅を降りた繭は、手にした手書きの地図を頼りに、銀月荘なるサッカー部の寮へと向かった。駅から大分距離はあるが、新しい町を見てみたいと思い、繭はバスは使わず歩いて行くことにした。
海岸沿いから内陸へ向かう、かなりきつい長い坂道を、繭は汗をかきかき上って行く。春先なのに、今日はやたらと暑い。
「ふーっ、結構きついな」
高校の部活が終わってから、高校の卒業やら、大学の入学やら様々なごたごたで、トレーニングらしいトレーニングをしていなかったが、それ程体力の低下は感じていなかった。それでもこの急坂は堪えた。
坂道が終わり、やっと平坦になった時、ふわっと吹いた気持ちの良い春風にふと後ろを振り返ると、そこには真っ青に澄み渡る広大な海が広がっていた。
「わあ、すごい」
思わず感嘆の声が漏れた。繭の実家の近くには海が無かった。
「この町に来てよかったかも」
昨日の不安はどこかに吹っ飛んでいた。繭はしばらくその輝く海を黙って一人見つめ続けた。火照った体にほどよく吹く風が心地良かった。なんだか新しい生活に希望が見えて来たような気がした。
「銀月荘、銀月荘」
昨日ファックスで送られてきた銀月荘周辺の簡単な地図とにらめっこしながら、繭は丘の上の住宅地を彷徨っていた。
「この辺のはずなんだけどなぁ」
しかし、辺りを見回すが、それらしき建物は見当たらない。もうこの辺りは三周はしている。人に訊こうか。でも、平日の昼間、住宅街に人の気配はなかった。
とりあえず、この辺りをもう一周してみよう。繭は、そう決めて再び歩き出した。
「ん?」
と、歩き始めて直ぐ、ふと左手を見ると、住宅と住宅の間の奥の方に、妙な雰囲気の建物の一部が目に入った。
「なんだあれ」
繭は、それが気になり、ゆっくりとその住宅と住宅の間の細い舗装もされていない草の生えた通路に入って行った。
繭が歩いていくと、その先には、重厚な鉄で出来たやたら大きな門扉がそびえ立つように鎮座していた。
「なんかすごいな・・」
繭はその門扉の迫力に、少し驚いた。
繭は恐る恐るその鉄格子のような門扉の間から、中を覗き込んだ。そこには、さっきまで彷徨っていた閑静な住宅街とは全く異質な別世界が広がっていた。
巨大な木々が生い茂り、恐竜でも出てきそうな、うっそうとした原子の森のような雰囲気が漂い、自然そのものの匂いと湿気が立ち込めていた。
「・・・」
繭は言葉もなくその光景を眺めた。
そして、繭が敷地内を見回し、視線を中央に向けた時、そこには和風のようでいて洋風、洋風のようでいて和風、古い大きな洋館のような、昭和の木造アパートのような、掴みどころの無いなんとも珍妙なデザインの建物がそびえ立っていた。
「・・・」
繭は息をのんで、その珍妙な建物を見上げた。
しかもその建物は、相当古そうだった。昭和を飛び越えて、大正とか明治時代といった雰囲気だ。
「なんか、すごい建物だなぁ」
繭は、別世界を見る思いだった。敷地全体の雰囲気もさることながら、この建物の醸す空気そのものが別次元に浮世離れしていた。
「人が住んでるのかなぁ」
建物の入り口を見ると、奇妙なデザインのステンドグラスがはめ込まれた大きな玄関扉があり、その片方の扉が開きっぱなしになっていた。
「人が住んでるんだな」
でも、繭は人が住んでいる姿をこの建物からは想像できなかった。
「こんなとこに住むってどんな人なんだろう。多分、相当変わった人たちなんだろうな」
そう思ってその中に住む変な人たちをあれやこれや想像していると、その玄関扉の真上に目がいった。
銀月荘
そこになんと分厚い一枚板に古風な字でデカデカと銀月荘と書いてあるではないか。
「あ、ここだ!」
繭は思わず一人叫んでしまった。
「・・・」
自分が想像していた変な住人は、自分だった・・。
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