金城町商店街女子サッカー部
ロッドユール
第1話 喧嘩
(この物語は、なでしこジャパンが、ワールドカップで優勝するなど、誰も思っていない、想像すらもできない、夢にも思っていない、まだ、女子サッカーが世間に全く認知すらされていない女子サッカー黎明時代のお話)
ピッピッピー
閑散とした市民運動場のピッチに試合終了の笛が鳴り響く。
喜ぶ相手チームのすぐ脇で、それとは対照的に赤いユニホームを着た選手たちが、うなだれ、その場にへたりこむ。力なく膝に手をつき、光の無い目で天を仰ぐ選手たち。
「開幕、5連敗か。今年もダメだな」
ベンチの前では、色白で気の弱そうな坊ちゃん刈りの監督と、その横で監督を心配そうに見つめる、人の良さそうな女性マネージャーがため息まじりにうなだれる。
「クソッ、なんで勝てねぇんだよ」
ピッチ脇で宮間が、近くにあった水の入った給水用のペットボトルを、怒りにまかせて蹴り上げた。
「わぁ、宮間さんやめて下さい」
宮間の取り巻き、色黒の野田が降りかかる水を手で防ぎながら叫んだ。宙を回転しながら飛んでいくペットボトルは、周囲の選手たちに容赦なく中の水を撒き散らしていた。
「クソッ」
それでも宮間は、止めなかった。近くにあったもう一つのペットボトルを、また思いっきり蹴り上げた。
「まあ、野蛮ですこと」
その時、そんな宮間の背後で声がした。宮間が振り返ると、ベンチに向かう麗子が薄ら笑いを浮かべ、蔑むように宮間を見ていた。
「何?」
宮間はそんな麗子にすぐさま反応し、キッと麗子を睨みつけた。
「あ、あ、宮間さん」
危険な空気を察した野田と同じく宮間の取り巻きである小柄な仲田が、宮間を止めるように慌てて間に入った。
「麗子、大体なんなんだそのゴテゴテした髪は。テメェーサッカーやる気あんのか」
「あらぁ、今時の女性でしたら、このくらい当り前ですわよ」
麗子は余裕の表情で、中世の貴族のようにきれいに巻き上げられた長い金色の髪を右手でクルクルといじりながら、立ち止ることもなくそのまま歩いてゆく。
「まあ、女を捨ててる人には分からないでしょうけど」
「なんだとぉ」
この捨て台詞がよくなかった。ただでさえ怒り心頭の宮間は、これで完全に戦闘モードのスイッチが入ってしまった。
「ああ、宮間さん」
青筋の入った宮間を見て、慌てて野田と仲田にもう一人の取り巻き、性格の大人しい志穂も加わり、三人で宮間の前に立って宮間を必死でなだめる。
「まあまあ、落ち着きましょう。宮間さん」
しかし、もちろん宮間は、そんなことを聞く耳など持ってはいない。
「大体お前が、前で動かねえから、パスが出せねぇんだよ。ボケーっと突っ立ちやがって、マネキンかテメェーは」
「なんですってぇ」
これには麗子も少しカチンときて、歩みを止め、振り返った。
「麗子さんも、ね、ね」
野田と仲田と志穂は、今度は麗子の方に向き直り必死で、なんとか二人をおさめようとする。
「あらぁ、人のせいにしてもらっては困りますわ。私はちゃんと動いてましたわ。あなたがちゃんと見ていないからですわ」
が、しかし、麗子も仲裁の言葉など全く聞く耳は持たず、小柄な三人の頭上で、容赦なく喧嘩はヒートアップしていった。
「ゴールキーパーより動かねぇからな。お前は」
宮間は、段々興奮してきた麗子を煽るように、澄まして言った。
「な、なんですってぇ」
「ま、まあまあ」
何とかおさめようと三人が奮闘するが、この言葉に余裕の表情を見せていた麗子も、怒りでみるみる顔が赤くなっていく。宮間はこういう時、麗子を怒らせる術を心得ている。
「み、宮間さん、もうこのくらいで」
野田たち三人が、必死で宮間をなだめる。
「ほんと、見た目が派手な割には試合中消えるからな。どこにいるんだか分かりゃしねぇ」
しかし、当然のごとく宮間は止まらない。
「ま、まあ」
麗子の顔は更に赤くなっていく。
「それに最近太ったんじゃねぇのか。動きが鈍いぜ」
「ま、まあ」
麗子の顔色は赤から青へと変わり始めた。それを見た宮間の取り巻き三人も、青くなる。このままでは、また、いつものように大げんかが始まってしまう。三人は、恐怖におののいた。
「あなたこそ、もう年なんじゃないの。それを私のせいにしてもらっては困りますわ」
「なにぃ」
しかし、麗子も宮間を怒らせるポイントは心得ている。
「なんだか、足元がもつれてましたわよ。やっぱり三十超えるとダメねぇ」
「なんだとぉ」
宮間の眉間に更なる青筋が入った。それを見て、止めに入っていた三人の表情も更に青くなる。
「それに、老眼も始まってるのかしら、私が見えないなんて・・・ほほほっ」
「くっ、て、てめぇ」
麗子の方が口は達者だった。
「み、宮間さん」
野田たちが、怒り狂い、今にも飛び掛かっていきそうな勢いの宮間をなんとか止めようとその前に立つ。
再び宮間が怒り狂ったのを見ると、麗子はまた余裕の笑みを浮かべ、そんな宮間を横目で見下すように一瞥すると、背を向け再びベンチの方に歩き出した。
「そろそろ、引退ですわね」
そして、更に麗子は、去り際止めの一撃を吐いた。
「な、なにぃ」
宮間は怒りで言葉が出てこない。そしてまたこの捨て台詞が良くなかった。麗子はいつも一言多い。
ギリギリ、ギリギリ
怒り心頭の宮間の歯ぎしりの音が周囲に響き渡る。その宮間の怒りのオーラの凄まじさに取り巻きの三人だけでなく、周囲にいた他の選手たちも、少しずつ後ずさって行った。
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