第2話 乱闘騒ぎ
宮間は、足元にあったペットボトルをグイッと掴み上げた。
「あっ、宮間さん」
ハラハラしながら状況を見守っていた、野田と中田と志穂が同時叫んだ。
宮間は周囲が止める間もなく、掴んだ給水ボトルを、ベンチに向かって歩いてゆく麗子の後ろ姿めがけて思いっきり投げつけた。
「ああああ」
野田たち三人の悲痛なため息にも似た叫びが木霊する。
宮間の投げたペットボトルはきれいな弧を描き、麗子の後頭部に見事に命中し、中の水を麗子にぶちまけた。
「いったぁ」
麗子は素っ頓狂な声を上げると、頭を押さえうずくまった。
「ちょっと、何すんのよ」
直ぐに何が起こったか察した麗子が、うずくまりながらずぶ濡れで振り返る。宮間は素知らぬ顔で、明後日の方を見て口笛を吹いている。それを見て怒り狂った麗子は、足元に転がっていたペットボトルを掴み上げると、宮間に投げ返した。
「あっ」
また、野田と中田と志穂が同時に叫んだ。
「ぐわっ」
そのペットボトルはこれまた見事に、直球ストレートに宮間の眉間に命中した。
「だ、大丈夫ですか」
野田と中田と志穂は慌てて、額を押さえうずくまる宮間に近寄る。
「ヒーッ」
しかし、顔を上げた宮間のこめかみに青筋立てた鬼のようなものすごい形相を見て、三人は一斉に身を引いた。
「麗子、テメェ、やりやがったな」
宮間は履いていたスパイクを神技のごとく素早く脱ぐと、それを麗子に思いっきり投げつけた。金属のポイントが付いたスパイクは凶器のように回転しながら、麗子を襲う。
「きゃー」
麗子は叫びながら、抜群の反射神経でそれをすんでの所でなんとかかわした。
「今本気で当てる気だったでしょ」
麗子が叫んだ。
「当たり前だ」
「私を殺す気?」
麗子も履いていたスパイクを脱ぎ、それを宮間に思いっきり投げ付けた。
「うをぉ」
今度は宮間が叫ぶと、それをこれまた抜群の反射神経でぶつかるすれすれのところで、体を反らしてかわした。
「この野郎、殺す気か」
宮間はもう片方のスパイクも脱ぎ投げ返した。こうなるともう、止まらない。二人とも近くにある投げられそうな物は全て投げた。宮間は野田や中田のスパイクまで脱がせて投げた。麗子はベンチ前に並べてあった給水用のペットボトルや、テーピングを手当たり次第投げた。
「宮間さんも麗子さんもやめて下さい」
野田も中田も周囲にいた選手が悲痛な叫び声を上げるが、もうこうなっては止まらない。
「・・・」
遠くで対戦相手の選手やスタッフが、呆然とその醜い凄惨な光景を見つめている。試合に負けただけでなく、仲間割れを起こし、醜態を晒したその光景は、まさに悲惨の極致だった。
「おらぁ~、これでもくらえ」
宮間はそう叫ぶと渾身の力を込めて、水のまだたっぷり入った給水ボトルを麗子に向かって投げ付けた。が、しかし、表面が水で濡れていたせいで手元が狂った。
「あっ」
宮間だけでなくそこにいた全員息を飲んだ。麗子も振り返り様「あっ」と叫んだ。
給水ボトルはまっすぐ回転して水を撒き散らしながら、ベンチ前で敗戦から立ち直れずうなだれていた監督のたかしの方にまっすぐ飛んでいく。
「ああ~」
全員が同時に叫んだ。度重なる敗戦のショックで呆然としていたたかしはよけることも出来ず、ペットボトルの直撃を受けた。一同はそれまでの騒ぎが嘘のように静まり固まった。
「か、監督、大丈夫ですか?」
隣りにいたマネージャーの信子さんが、ずぶ濡れのたかしを慌ててタオルで拭く。
「ああ、大丈夫だ」
ずぶ濡れのたかしは、水を滴らせながら別に怒ることもなく黙って、信子さんに拭かれていた。
「しまった」
さすがに宮間も気まずくなって大人しくなった。
「ほんと、野蛮ね」
「なんだとぉ」
しかし、麗子の一言で再び火がついてしまった。
「もうだめだこりゃ」
宮間の取り巻きの三人も、もう呆れるしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。