第25話 通学途中にて
「私って、大食いだったんだ・・」
かおりと並んで、電車の吊革につかまる繭は一人呟いた。
「う、うん・・、相当ね」
かおりは返事に困る。
「私普通だと思ってた。うちいつも朝から、カツ丼とか普通に出てたから」
「えっ、そ、そうなんだ」
朝からカツ丼を食べたら、夜は一体何を食べるのだろう。かおりは思った。
「家族の人とかは何も言わなかったの」
「うん、うちで私が一番小食なんだ。だからむしろ心配されてたりして」
「えっ、そ、そうなんだ」
友だちと話をしていると軽いカルチャーショックはあるものだが、ここまでの話は初めてだった。かおりは少したじろいだ。
「そう言えば、修学旅行とか、部活の合宿とかでみんながすごい目で見てたから変だなぁとは思ってたんだよね」
「そこでも気付かなかったんだ」
「うん、みんな自分ちのご飯じゃないから食べないのかと思ってた」
「へぇ~」
かおりはこんな子もいるんだと、改めて世界の広さを実感した。
「そういえば、友達がうちに来るの、なんか嫌がっている感じがしたけど、それなのかなぁ・・」
繭は一人呟き首を傾げる。
「・・・」
多分、そうだろうな。かおりは一人思った。
「あっ、おはよう」
繭は駅でかおりと別れ、大学の最寄りの駅から急いで大学へと走っていた。その途中、友達の早紀の後ろ姿を発見して、声を掛けた。早紀とは入学の前のオリエンテーションの時に知り合ってすぐに意気投合し、友達になっていた。
「あれ?」
繭は早紀の隣りに並んで訝しんだ。早紀は全く慌てた様子がない。
「どうしたの?そんなに慌てて」
逆に、繭を見る早紀がいつもかけている銀縁の丸めがねの奥の、その形の良い大きな目を向け、きょとんと繭を見る。
「えっ?だって、授業遅れちゃうじゃん」
繭は早紀が何を言っているのか分からず、問い返した。
「何言ってるの。昨日、電話で午前の実習、無くなったって言ったじゃん」
「えっ?」
繭は一瞬、固まった。
「あっ、そうだ!」
繭はその場で叫んだ。そうだ、昨日、銀月荘に行く前に早紀から電話もらったんだった。昨日は練習の疲れと、飲み会で電話のことをすっかり忘れていた。
「私、自分にがっかりだよ」
繭は力なくその場に思いっきりうなだれた。
「そ、そこまで、落ち込まなくても・・」
早紀はそんな繭を戸惑い気味に見つめた。
「そうなんだ。遂に入ったんだ。サッカーチーム」
気を取り直し、二人は大学まで一緒に歩き始めた。繭は昨日のことを歩きながら早紀に話した。
「うん、なんか予想以上にすごいとこだよ」
「でも、なんか、面白そうなとこね」
「そうかなぁ。全然面白そうじゃないよ。むしろ、不安というかなんというか・・、大丈夫かなって・・」
そう言えば、昨日アカネのママも同じような事を言っていたような気がする。他人から見たらそんなものなのだろうか。繭は考えた。
「個性的なメンバーがいて面白そうだよ」
「う~ん」
早紀はそう言うが、繭はやはりどうしてもそう思えなかった。
「サッカーもできるし、良いじゃない」
「う~ん」
「どうしたの?なんか浮かない顔だね」
「う~ん・・、正直言うと、私あんまりサッカー好きじゃないんだよね」
繭は今まで誰にも言えなかった思いを早紀に打ち明けた。
「そうだったの?」
早紀はめがねの奥の大きな目を更に少し大きくして繭を見る。
「うん、本当はもう、高校卒業したら、私、サッカーやめようと思ってたんだ」
「でも、小さい頃から、やってきたんでしょ?」
「うん、最初はお兄ちゃんが少年サッカーのチームに入ってて、それでお母さんと練習見にいってたら人数が足りないってなって、お前入れって言われて練習とか試合とか出てたら、お前上手いな、とかなって、そのままそのチームに入っちゃって・・・」
「へぇ~、でも、やっぱり、才能があったんだね。才能なかったら、男子と一緒なんて無理だもんね」
「小学生だったから、男も女もなかったからだよ」
「でも、きっかけはどうあれ続けたわけでしょう?」
「うん、子供だったから、上手い上手いとかおだてられてその気になっちゃったんだ。でも中学生とかなってくると、日に焼けて真っ黒になるし、足は太くなるし、みんなと一緒に帰れないし、嫌だなぁって思ってたの。色黒、色黒とか言われて、クラスの男子とかに馬鹿にされるし」
「そうか、いろいろ苦労があったんだね。でも、高校でもやってたんでしょ」
「うん、中学卒業したら絶対やめようと思ってたんだけど・・・」
「思ってたんだけど?」
「・・・、うちはしがないせんべい屋なのよ」
「せんべい屋?」
せんべい屋とサッカーと、何が関係あるのか分からず早紀は首を傾げた。
「うん、うちはしがないせんべい屋だから、あんまりお金ないのよ。だから、スポーツ推薦なら学費タダだからって、それで仕方なく、サッカー部のある高校にいったの」
「へぇ~、なるほど」
早紀は納得した。
「スポーツ推薦だとサッカー部やめると学校もやめなきゃいけないから三年間耐えたんだ。だけど、今度こそ、高校卒業したら、絶対サッカーやめて普通の女の子になるって思ってたの。だから、男子サッカー部さえないこの大学選んだのに」
「それがまた、何でまたサッカーチームに?」
「大学の寮が火事で焼けたの」
そこで繭は思いっきりうなだれた。
「ああ、そう言えばなんか入学前に火事があったって言ってたけど・・・」
「そう、それ、寮ならって言われて、大学と一人暮らし許してもらってたんだ。お金掛からないから」
「ああ、それで寮があるから今のサッカークラブに入ったんだ」
「うん、入ったというか、入らざるおえなかったというか、なんというかなんだけど・・・、寮はあるし、ご飯は出してくれるし、大学から近いし、条件は完璧なんだ・・。もう、なんかサッカーからなんか呪いをかけられてるみたいだよ」
「どこまで行ってもサッカーからは逃げられないのね」
「うん・・」
繭はそう言って神様を呪うような眼差しで天を仰いだ。
「貧乏や、貧乏が全部悪いんや」
繭はそう天に向かって恨みを込めて叫んだ。
「な、なぜ関西弁?」
早紀はそんな繭の隣りで一人突っ込んだ。
「あ、私、なんか興奮するとなぜか関西弁が出ちゃうんだ」
繭は頭を掻きながら恥ずかしそうに早紀の方を見て言った。
「へ、へぇ~」
前からちょっと個性的なキャラではあると感じてはいたが、改めて変わった子だなと早紀は思った。
「でも、もったいないよ日本代表とか呼ばれたくらい上手いんでしょ?」
「うん、でも、私は普通の女の子に憧れてるんだ。オシャレして、みんなでワイワイおしゃべりして、一緒に通学したり、帰ったり、合コンとか、恋愛とか」
「ああ、そうなんだ」
「私は失った青春取り戻すんだ。大学生活で」
繭の目は燃えていた。
「それにしても、繭」
「ん?何?」
「青春の前にそれ直さないと」
「えっ?」
「寝ぐせでしょ。それ」
「えっ?」
繭が早紀に言われて自分の頭を手で触ってみると、その丸いショートヘアの頭のてっぺんが、確かに勢いよく突っ立っている。
「あっ」
「今、気付いたの?」
「うん」
繭は慌てて寝ぐせを抑え、手でこすった。
「かおりちゃん何も言ってくれなかったなぁ」
繭は通学の時一緒に横を歩いていたかおりを恨んだ。
「あっ、そうか、かおりちゃん背が高過ぎて分からないんだ。かおりちゃんが気付いたら言わないわけないもんな」
しかし、繭はすぐにそのことに思い至り、かおりを恨んだ軽率な自分を恥じた。
「電車に乗っている時、女子高生が私の方を見て笑ってたけど、これだったんだ・・」
寮からここまで、この髪型を何人の人に見られただろうか。
「めっちゃ、恥ずかしい」
繭は何度も何度も頭をこすり、寝ぐせを抑えつけた。
「どう、直った?」
もういいかなと思い、繭は早紀の方を向いた。
「うん、直った」
確かにさっきまで天を目指して突っ立っていた髪は大人しく横たわっていた。しかし、早紀がそう言った瞬間。
ビヨ~ン
今まで抑えられていた繭の髪は再び勢い良く跳ね上がった。
「あっ」
「ん?どうしたの?」
「う、うん、また立った・・」
「ええ」
繭はまた慌てて、再び立ち上がった髪を必死でなでつけた。その横で早紀は繭のその剛毛ぶりに感嘆していた。
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