第54話 団子状の妖怪
「・・・」
金城駅に着いたメンバーは、改札口を出て空を見上げた。金城町も思いっきり雨が降っていた。
「このまま、あかねに行っちまうか」
宮間が言う。居酒屋あかねは金城町商店街にあるため、駅のすぐ隣りだ。しかも、商店街はアーケードになっていて屋根がついている。だから、濡れる心配がない。
「シャワー浴びたいわ」
麗子が言った。
「いいだろ別に、そんなの」
「よくないわよ」
「そうか?」
「私はあなたみたいに、ガサツじゃないの」
「なんだとこの野郎」
「ナイーヴでデリケートなのよ。私は」
麗子はその自慢の長いきれいにカールさせた髪を、右手で撫でるように後ろになびかせた。
「気取りやがって」
いきり立った宮間が麗子に向かって、前のめりになる。二人は、ちょっと油断するとすぐ喧嘩を始めてしまう。
「まあまあ」
かおりと繭が間に入る。
「でも、風呂には入りたいよな」
野田が言った。
「わたしも」
「わたしも」
それに続いて、他の選手たちも口々言う。
「でも、銀月荘は遠いしな。行って帰ってってめんどくさいな」
仲田が腕を組む。銀月荘までは歩いて三十分以上かかる。しかも帰りは上り坂だ。
「しかも雨ですしね」
志穂が付け加えるように言いながら、空を見上げた。
「じゃあ、あけぼの湯だな」
宮間が言った。
「ああ、そうか」
野田が両手を合わせ打つ。
「ああ、ありましたね」
仲田が続く。
「あけぼの湯?」
繭は首を傾げる。
あけぼの湯は、金城町商店街から少し外れた金城城跡公園近くにある老舗の銭湯だった。
「よしっ、決定」
宮間は他の選手たちに意見を言う間も与えず、力強く断定した。
「ちょ、ちょっと、痛い。痛い。押さないで」
「お前こそ押すなよ」
金城駅から出たメンバーは、ただ一人几帳面に折り畳み傘を持って来ていたかおりの、その小さな傘に押しくらまんじゅうのように入り込み合いながら、あけぼの湯までの道のりを歩いていた。
「全員入るなんて無理ですよう」
真ん中のかおりが悲痛な声を上げるが、誰も聞いちゃいない。我も我もと、少しでも濡れないように中へ中へと入りこもうとする。
「・・・」
いい大人の女子が、団子状に固まり蠢く一団の移動する姿は、巨大な妖怪のような異様さを醸し、通り過ぎる人々が次々目を剥いて振り返る。
「お母さん、何あれ?」
「しっ、見ちゃいけません」
親子連れは、足早に通り過ぎていく。
「ちょっと、私全然入っていない」
集団からはじかれ、雨に思いっきり当たりながら麗子が叫ぶ。
「お前一人で二人分あるぞ。ちょっとは遠慮しろ」
宮間が隣りののり子を押しのけながら叫ぶ。
「わわっ、もう押さないで、押さないで」
小柄な繭は、選手たちの渦に飲まれ、もみくちゃにされ、押しつぶされかけていた。
「あっ、てめぇ」
宮間がのり子と競い合っている間に、するするっと、野田が傘の中に入り込む。
「へへへっ」
こんな時は上下関係など関係ない。
「クッソぉ」
宮間が更に熱くなり、選手たちの押しくらまんじゅうは、より一層激しさを増していく。
「わ~、もう、押さないでぇ~」
繭が叫ぶ。
「きゃ~」
かすみも叫び。
「もうやだぁ」
麗子が嘆き。
「あ~ん」
志穂が泣く。それは正に亡者蠢く地獄絵図だった。
「譲り合う精神はないんですか」
繭が叫ぶ。そんなものは、このチームには全くなかった。
「わっ」
そんな無茶苦茶なカオスの中、かおりがふと隣りを見ると、いつの間にか大黒が、かおりの隣りの一番良いポジションに陣取って、涼しい顔で歩いている。
「・・・」
かおりはそんな大黒を茫然と見つめる。大黒は他の選手たちの喧騒をよそに一人不敵に笑っていた。
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