第53話 帰り道
繭たちはとぼとぼと、元来た田舎道を駅まで歩いていく。世界中で戦争が勃発しても、ここだけは平和なのではないかと思えてしまうほど、のどかな田園風景が広がっている。
「・・・」
繭はみんなと並んで、そんな田舎道を歩きながらその風景を眺めていた。
「・・・」
試合終わりのけだるい高揚感。繭はなんとなく、こういう時の雰囲気が好きだった。部活の帰りや試合の帰り、部活の仲間と一緒に、帰り道をだらだらと帰って行く、そういう時の何とも言えない、心地よい疲労と高揚感、サッカーが好きではない繭だったが、こんな時の時間はなんだかいつも好きだった。
「柴さんありがとうございます」
試合中ミスをし、あわや勝ち越し点を献上しそうになったカウンターのきっかけを作った志穂が、柴に頭を下げている。
来る時はバラバラだった選手たちも、帰りはみんな揃って帰っていた。車で来ていた麗子までも、みんなと連れだって歩いている。
「ああ、いいのよ。間に合ってよかったわ」
柴は笑顔で志穂に答える。
「今日は祝勝会だ。飲むぞぉ」
その隣りでは宮間が一人張り切っている。
「試合以上に気合入ってるな・・」
それに対して野田と仲田が、ちょっと眉根を寄せそんな宮間を見る。
「もうビールかけはやめてよね」
宮間の背後にいた麗子が、宮間に言う。
「おっ、麗子が嫌がるならまたやろうかな」
宮間が、それに意地悪く答える。
「もう、ほんと嫌な人」
麗子がむくれて顔をそむけた。
「今日はあかねいけるんだろ」
そんな麗子をほったらかし、宮間が野田を見る。
「ええ、大丈夫です。昨日確認しときましたから」
「よしっ、カラオケだ。歌うぞぉ」
宮間は更に気合が入った。
「今夜は長くなるぞぉ」
野田と仲田と志穂は、顔を突き合わせお互い呟き合った。
「明日の仕事は相当きついな」
「ああ」
三人は明日も仕事だった。宮間に付き合わされた次の日、三人は大抵二日酔いと寝不足だった。
「たまんないよなぁ」
「ん?なんか言ったか」
「い、いえ何でもないです」
野田たちは慌てて両手を振りながら否定した。
金城町一行は、そのままのどかな田舎道をてくてくと歩いていく。繭がふと見ると、麗子がめぐみちゃんと並んで歩いている。
「へぇ~、麗子さんてめぐみちゃんと仲いいんだ」
意外な発見だった。麗子は気位が高く一匹オオカミといった印象だった。
その横を静江が一人、分厚い瓶底眼鏡を掛け、何やら分厚い本を読みながら歩いていく。
「・・・、静江さんは我が道を行くって感じだな・・💧 」
柴の周囲にはかおり、のりちゃん、かすみ、が囲みよく見るとその後ろに大黒が影のようについている。柴はキャプテンだけあってさすがに何か人を惹きつけるものがあるようだった。
宮間の周囲には相変わらずの取り巻き三人衆がいる。
「どうしたの?繭ちゃん」
「え、う、うん」
かおりが一人歩く繭に声をかけた。
「なんか良かったかもって」
「何が?」
かおりは不思議そうにそんな繭の横顔を見つめる。
銘々バラバラのグループに分かれ、会話に興じるメンバーたちの姿を眺め、繭はその雰囲気に、なぜかちょっと、このチームに入って良かったかもと思った。
金城町女子サッカーチームは変わり者の集まりといったイメージだったが、まあ、確かに独特な人は多いが・・、慣れてくると案外のほほんとした雰囲気で、繭はなんだか、その雰囲気がほんのちょっとだけだが、いいなと感じた。
「どうしたの」
かおりがそんな繭を不思議そうにのぞき込む。
「ううん」
繭は一人微笑んだ。
西の方で少し大きくなった太陽が、田舎道を歩くそんな金城のメンバーたちを照らし、影を作った。
「しかし、まだ実感ねぇよな」
宮間が大声で言う。
「そうですね。私たち勝っちゃいましたもんね」
野田も興奮気味に言う。
帰りの電車内は、試合の疲れなどどこ吹く風で、選手たちはみなやたらとテンションが高かった。いい大人が女子高生のように、電車の中ではしゃいでいる。そんな姿を当の部活帰りの高校生たちが、異様なものを見るような目で見る。しかし、そんな視線すらも今日の選手たちには気にならなかった。
そんな時、突然電車のガラス窓を雨粒が叩き始めた。
「おいっ、今日天気予報一日中快晴じゃなかったか?」
宮間が志穂を見る。
「そうでしたけど・・」
志穂が窓の外を見ながら言う。
「天気予報なんてあてにならんな」
雨はだんだん本降りになっていく。
「なんかすごいことになってきたな」
宮間が言うと。他の選手たちも窓の外をのぞく。更に天気は急変し、土砂降りになって来た。
「でも、試合中じゃなくてよかったですね」
かおりがその長身を屈め、凄まじい土砂降りの雨脚を見て言う。
「ああ、ほんとだな」
野田が言うと、全員が頷いた。窓の外では更に雨脚が激しくなり、雷まで鳴り始めていた。
「まっ、日ごろの行いだな」
宮間が言った。
「・・・」
それに対して、全員が沈黙した。
「なんだよ」
宮間が全員を鋭く見回す。
「い、いえ」
全員が慌てて目を反らす。
「あなたに行いとか言われたくないわ」
麗子がツッコミを入れる。
「なんだと」
「まあまあ、二人とも」
近くにいたかおりがすぐに間に立つ。かおりもこのチームに、知らずに順応してきていた。
その時、野田が一人浮かない顔をしている繭を見つけた。
「どうしたんだよ」
「ええ」
繭は浮かない返事をしながら、一人首を傾げている。
「なんだよ」
仲田も繭を見る。
「なんか、重要なことを忘れている気がするんですよね」
繭はしきりに首を傾げる。
「なんだよ。重要なことって」
野田が訊く。
「う~ん、それが思い出せないんですよね」
繭は大きく首を傾げる。
「気のせいだ気のせい」
宮間が繭の脇にやって来てその肩を抱く。
「そうですかね」
でも、やはり繭はなんだか気になった。
「気のせい気のせい、今日は勝ったんだ。そんなこと気にせず。景気よくパァ~っと思いっきり飲もうな」
宮間は繭の肩を叩く。
「えっ、ええ・・💧 」
繭はそれに戸惑いながら、うなずく。
「試合の後は毎回飲むんですか」
繭が野田たちに顔を近づけ、声を潜めて訊く。
「ああ」
野田と仲田と志穂が同時にうなずく。
「毎回勝っても負けても飲むんだけど、去年なんて大体負け試合だろ。だからもうやけ酒でさ。もう宮間さん質悪いのなんのって」
野田が声を潜めて言う。
「そうそう、からみ酒」
仲田が大きく頷く。
「それに毎回つき合わされて・・」
志穂が心底辛そうな表情で言う。
「ははは・・」
繭はなんとなくその光景が想像ができた。
「大変ですね」
しかし、自分がさらに質の悪いからみ酒とはつゆ知らない。
「まあ、今日はあきらめろ」
野田が言った。
「は、はあ」
前回の祝勝会のこともあり、繭は不安に苛まれた。前回は繭の部屋まで無茶苦茶になった。
「う~ん、それにしても、なんだろうなぁ。やっぱりなんか、気になるんだよなぁ」
繭は、祝勝会も気になったが、やはりさっきから何かが気になっていた。
「何か忘れてるんだよなぁ・・」
繭は一人首を傾げた。
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