第52話 勝負どころ

「しかし、全員上がれは無茶苦茶だよな」

 誰よりも、いち早く帰り支度を終えた野田が、公民館から出てきて言った。

「勝ったからいいようなものの・・」

 その後ろから遅れて出てきた志穂が小さく呟くように言った。

「確かに、味方の私たちも驚きましたからね。のり子さんまで上がってきて・・、あれでボール取られてたら・・、今までの全てが水の泡ですよ。せっかく苦労して追いついたのに、全部無駄っていう・・」

 志穂の隣りの繭も言う。

「やっぱ、あいつイカレてるよ」

 その後ろの仲田が言った。

「先輩は、昔から勝負事には異常に強かったんだ」

 そこへ、たかしが選手たちの後ろから会話に入ってきた。全員がたかしを見る。

「勝負事ですか?」

 繭がたかしに訊き返す。

「うん、ゲームでも、ちょっとした遊びでも、なんでもとにかく強かったよ。勝負どころが分かってるっていうか、相手の弱いところが分かるっていうか、攻め時を分かっているというか。決して頭のいい人ではないんだけど、嗅覚っていうか、そう言うのをかぎ分けるのが異様に鋭いんだ」

「要するに野生の感だな」

 野田が言った。

「そうそう、動物的感」

 仲田が続く。

「そして、自分が劣勢でも絶対に動じない、そこから更に攻めることのできる強いメンタル。だから、こっちが優位だと思っていても、あっと言うような一手でいつの間にか先輩のペースになってる。そして、気が付いたらみんな負けてるんだ」

「はあ」

 選手たちは半信半疑だが、たかしは、自分のことのように得意げに語る。

「特に賭けごとになると異様に強かったな。トランプでも麻雀でも花札でも、特にポーカーなんか強かったな。部の合宿なんかの時、夜寝る前にみんなでやってたんだけど、いつもみんな先輩にこづかい巻き上げられてたよ」

 たかしはそう言って笑った。

「お金賭けてたんですね・・」

 志穂が呟く。

「先輩は全部お見通しなんだ。計算ずくなんだよ。だから先輩には見えてたんじゃないかな。勝負どころが。だからあんな大胆な采配が出来たんだと思うな」

 たかしは、一人うなずく。

「あいつにそんな考えがあったとは思えないけどな」

 野田が言った。

「そうそう、たまたまじゃないのかな」

 仲田も言う。

「いや、きっとそうだよ。先輩には見えていたんだ。勝つための道が」

 いつもどんな時でも誰にでも、我が道を譲るたかしが、いつになくむきになる。

「監督の考え過ぎだよ」

「そうそう」

「いや、先輩は深い考えと確信があったんだ」

 普段優柔不断なたかしだったが、ここは揺らがない。

「・・・」

 本当にそうなのだろうか・・。監督の考え過ぎ・・。ただのまぐれじゃ・・。繭も大きく首を傾げた。

「でも・・」

 確かに、熊田には得体のしれない何かがある。そんな気もした。

「さっ、帰ろうぜ。電車なくなっちまう。ここはど田舎だからな」

 そこへ、一番最後に帰り支度の終わった宮間が公民館から出て来て、かおりと一緒に繭たちのところへやって来た。

「はい」

 それに全員が応え、もそもそと金城のメンバーたちは駅へ向かって動き出した。

「それじゃ、お疲れさまで~す」

 選手たちがたかしと信子さんに大きく手を振る。

「あかねで、待ってま~す」

 野田が最後に付け足す。この後、居酒屋あかねで祝勝会が予定されていた。要するに宮間たちのいつもの飲み会なのだが、今日は強豪に勝ったということで全員参加になっていた。

「ああ、気を付けて」

 車で信子さんと来ていたたかしは、ここで選手たちを一旦見送った。

「あれっ、熊田コーチは?」

 選手たちに手を振り終わった信子さんがふと気づき、辺りを見回す。熊田はいつの間にか忽然とどこかへ消えていた。

「先輩は多分、どこかへ飲みに行ったんじゃないかな。もうここに来る前にすでに、いいお店をどこか見つけてたんだろう。先輩はそういうところも抜け目がないから・・」

「なるほど・・」

 信子さんもだんだん熊田の、思考パターンと行動パターンが分かり始めてきた。

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