第34話 途中出場
その後も、醜いファールすれすれのプレーを繰り返し、最初から圧倒的に弱い隣り町女子サッカーチームを、金城町女子サッカーチームは血も涙もなく、完膚なきまでにぼこぼこにした。
8対0
前半で早くも点差は二桁に迫ろうとしていた。
「おいっ、足止まってるぞ」
「お前もっとプレス掛けろ」
それでも、宮間たちは全く情け容赦なかった。大差のついた試合に、気の抜け始める他の選手たちを、怒鳴りつけながら鼓舞していく。
「これが他の試合でも出来たらね・・」
キャプテンの柴は、一番後ろの暇なセンターラインからその光景を眺め一人呟いていた。柴は本来ボランチの選手なのだが、センターバックが足りず、仕方なくチーム事情でめぐみちゃんの隣りでセンターバックをやっていた。
「おらおらーッ」
もともと持っている無尽蔵のスタミナで、宮間はボランチである自分のポジションも完全に忘れ、相手選手たちが怯える程、最前線で鬼のようにプレスをかけまくる。ゴール前にボールが来れば、本来FWのかすみのポジションにまで勝手にわけ入って、自分のゴールにしてしまう。
「私っていったい・・💧 」
かすみは、ゴール前で一人所在無げに立ち尽くしていた。
「宮間さんの独壇場だな・・💧 」
繭はその光景にさすがにドン引きした。
その時、ふと繭はベンチ前を見た。そこには監督のたかしとその横にマネージャーの信子さんといういつものコンビが仲良く立ち並ぶ、のほほんとしたいつもの光景があった。しかし・・、
「監督より前に出てる・・💧 」
熊田が、更にその二人の前で仁王立ちで腕を組み、ピッチ脇で試合を睨みつけるように見つめていた。
「監督はどっちなんだ・・」
「繭」
「えっ!」
その時、熊田がふいに振り返って繭を見た。
「えっ、やない。はよ準備せぇ」
「えっ、じゅ、準備?」
「試合に出るんじゃ」
熊田は怒鳴った。
「ええ、いやあの、アップも何も・・してない・・」
まだ、前半の半ば過ぎ、まったく油断していた繭はアップも何もしていなかった。
「そんなもんいらん。はよ準備せぇ」
「いやあの、でも、まだ前半・・、それに勝ってるし、あの・・」
早紀の目を気にし、試合に出たくなかった繭は、突然の指示に混乱し、慌てた。
「いいから、はよせぇ」
熊田はそんな繭を睨みつけた。
「は、はい」
熊田の鋭い眼光に、繭はベンチから飛び上がってジャージを脱いだ。
「繭ちゃんがんばって」
隣りからかおりが繭に声を掛ける。
「う、うん・・」
こうなっては、仕方ない。早紀の目から逃げ切るのは無理だ。繭は観念した。
繭はFWのかすみに代わって、ピッチに入って行った。
「あっ、繭だ。お~い」
早紀が繭に気づき大きく手を振る。
「は、は~い」
繭は恥ずかしそうに身を小さくして、手を振る。
「がんばってぇ~、繭ぅ~」
「はははっ」
繭は、すこし足をもつれさせながら、自分のポジションに走った。
繭が最前線の自分のポジションにつくと、早速宮間から鋭い縦パスが入った。
「よしっ、あっ」
しかし、繭はそれを思いっきりトラップミスして、ボールは繭の足の裏をかすめて後ろへと勢いよく転がって行ってしまった。
「あれっ?」
繭は茫然とそのボールを見送った。
「繭、何やってんだ」
近くの野田が怒鳴る。サイドバックのはずの野田はもう最終ラインには下がらず、最前線に上がりっぱなしになっていた。
「しっかりしろ。遊びじゃねぇんだぞ」
「うううっ」
しかし、繭は早紀の目が気になってしょうがない。
「ううっ、早紀ちゃんが見てるぅ」
野田に怒鳴られても繭は試合どころではなかった。
「あっ」
それからも繭は普段ならあり得ない単純なミスを連発した。トラップミス、パスミス、連係ミス、全てがちぐはぐだった。ほんの数メートルのパスさえもミスしていた。
「ダメだ。今日はダメだ」
今までのサッカー人生でこんなにミスをすることは一度としてなかった。
「何かが狂てしまっている・・」
繭は茫然とピッチに立ち尽くした。
「ん?」
その時、ふと何か背中にゾクゾクとしたものを感じ、繭は後ろを振り返った。
「わっ」
そこには夜叉のような形相の宮間が、繭を妖怪のような恐ろし気な目で睨んでいた。その背後には、もうもうと怒りのオーラまで立ち上っている。
「うっ」
ベンチの方を見ると今度は熊田が、天地を砕く不動明王のような怒りの顔で繭を睨んでいる。
「や、やるしかない・・」
繭は、自分の置かれている状況を悟った。
それからの繭はすごかった。もともと、大してうまくない隣り町商店街相手だけに、繭は一人レベルが違っていた。ハーフウェイライン辺りでボールをもらうと、そこから難なくドリブルで、相手選手をヨットが波をスイスイとよけて進んで行くように次々抜き去っていく。そして気づけば、あっという間に最終ラインの裏まで出て、キーパーと一対一になっていた。そしてそれを、そのままいとも簡単にゴールに決めてしまった。
これにはさすがの宮間たちも驚いて目を丸くした。隣り町の選手たちも、棒立ちで茫然とするしかなかった。
「やった。とりあえず一点」
繭はとりあえずホッとした。
「繭ぅ~、すご~い」
スタンドから一人早紀の歓声が響いた。
「はははっ」
自陣に戻りながら、繭は照れた表情で早紀に向かって後頭部を掻きながら、別の手で小さく手を振る。
「すげぇじゃん。お前」
野田と仲田が、そんな繭の頭を祝福を込めてバシバシ叩く。
「やればできるじゃねぇか」
宮間もやって来て、繭の頭をバシッと掴むように叩いた。
「今日の祝勝会の主役はお前だな」
「えっ」
繭はしまったと思ったが時すでに遅かった。
「祝勝会があったのか・・」
試合の終わった後のことまでは考えていなかった。
「しかも主役・・」
何が待っているのか。繭は想像するだに恐ろしかった・・。
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