第33話 ヤジ

 ピーッ

 試合再開後すぐだった。連日の鬼練習の疲れをものともせず、金城町の選手たちは再び前線からの猛プレスでボールを奪うと、これまた素早い速攻で、宮間が再びシュートをゴールにねじ込んだ。

「やった~」

 金城町の選手が喜び合う。

「ざまあみろ」

 宮間が再び、隣り町商店街の応援団の方に走って行って、挑発的に指を差す。

「こっち来んなこのやろう」

「お前のゴールなんか見たくねぇんだよ」

「消えろ。カス」

 それに対して更に応援団の男たちが怒号を上げ、ありったけの汚いヤジを飛ばす。

「へへへっ、痛くもかゆくもないね」

 宮間は余裕しゃくしゃくだった。むしろ相手の怒りが心地いいくらいの表情だった。

「引っ込め、ブス」

「なんだと、この野郎」

 しかし、余裕をかましていた宮間だったが、このヤジにはキレた。宮間は直ぐに、近くにあったペットボトルをひっ掴むと、それを投げようと振りかぶった。

「わっ」

 それを、近くにいた志穂とめぐみちゃんが慌てて止めに入る。

「宮間さん、それはまずいです」

 それでも投げようとする宮間を二人は、体を張って必死で止めた。 

「あちゃ~、今度は相手サポーターと喧嘩始めちゃったよ」

 繭は、両手で顔を覆った。

「早紀ちゃん見てるんだろうなぁ・・」

 繭は、もうこの場から逃げ出したかった。

「引っ込めブス~」

「引っ込めブス~」

 そこへ勢いづいた応援団が大合唱で更にヤジを飛ばし畳みかける。

「テメェ~、かかって来い。コラッ、一人ずつぶっ飛ばしてやる」

 宮間は完全にキレて、応援団に向かってありったけの声で叫ぶ。

「ぶっ飛ばしてやる。下りて来い」

「宮間さん、やめて下さいよ」

 そんな叫ぶ宮間を野田と仲田も加わって押さえつけるが、陸揚げされた巨大マグロのように、ものすごい力で体をよじって抵抗しながら応援団に向かって叫びまくる。

「かかって来い。怖えのか。オラッ。かかって来い」

「もう、宮間さんやめて下さいよ」

 野田と仲田が哀願するように、宮間に言うが、宮間は全く聞いていない。

「集団で調子こいてんじゃねぇよ。一人ずつかかって来いよ。オラッ、かかって来い」

 宮間は怒りに任せて叫びまくる。

「かかって来い。ぶっ殺してやる。一人ずつその頭かち割ってやる」

「引っ込めブス~」

「引っ込めブス~」

「ブ~ス、ブ~ス、ブ~ス、ブ~ス」

 しかし、引っ込めブスの大合唱は、ブスコールに変わり、そんな宮間に、更なる勢いと音圧を増して浴びせかけた。

「下りて来い。オラ~」

「わぁ~、もう最悪だよ」

 繭は頭を抱えた。

 その時だった。

「やめて、お願いやめて」

 隣り町商店街の選手たちが、ブスコールをしていた応援団たちの前に立ちふさがるようにして立った。

「お願い、やめて」

「そんな酷いこと言わないで」

「そんな応援されても私たち嬉しくない」

 隣り町商店街の選手たちは、応援団に向かって哀願するように両手を胸の前で固く握りしめた。

「お願いやめて、お願い」

「お願い」

 隣り町の選手たちは目を潤ませていた。

「さゆちゃん・・」

「みゆみゆ・・」

 応援団の男たちは、そんな姿に、みんな意気消沈して黙った。

「そんなことしても誰も幸せにならないわ」

「サッカーは楽しむものでしょ」

「・・・」

 応援団の男たちは黙ってうつむいてしまった。

「ケンカなんかしないでみんなでサッカーを楽しみましょ」

「・・・」

「・・、ごめん、俺たち間違ってた」

「うん、俺たちが間違ってた。つい、大人げなく挑発にのってしまった。ごめん。もうしないよ」

「ありがとう」

 隣り町の選手たちの目から涙が流れ落ちた。

「ありがとう。分かってくれて」

「うん、俺たちこそごめん」

 選手と応援団の間に、新たな絆と感動が生まれた。

「オラァ~、安っぽい青春映画やってんじゃねぇ。下りて来いこの野郎。下りて来い」

 しかし、宮間はまだ一人、その後ろで周囲に取り押さえられながら興奮し叫び続けていた。

「な、なんという人間性の違い・・💧 」

 繭はベンチで呻くように呟いた。

 しかし、そこにはもう全く別の世界が出来ており、応援団と隣り町の選手たちにはもう宮間の声は届いていなかった。

「クッソ―、無視してんじゃねぇぞ。コラッ」

 そんな状況に宮間は更にキレたが、そこに、他のメンバーやキャプテンの柴も加わり、全員でひきづるようにして、叫び続ける宮間を自陣に戻していった。

「覚えてろよこの野郎」

 宮間は引きづられながらも、スタンドに向かってまだ執拗に叫び続けていた。

「なんか、すごい試合になって来たな・・💧 」

 繭は、不安げにそんな宮間たちを見つめた。

「でも、すごい連携だったね」

「えっ」

 繭が、突然声を発した隣りのかおりを見る。

「私、あんな完ぺきなカウンター初めて見た」

「うん・・」

 繭もそれには本当に感心していた。一点目もすごかったが、二点目は正に電光石火のカウンターだった。チーム全体が無駄な動き一つない完ぺきな連動と動き出しをしていた。

「こんな力があったんだね・・」

「うん」

 繭は最初に見た試合とは全く別のチームを見るようだった。繭が最初に見た試合は個々がてんでバラバラでチームの体をなしていなかった。選手個々の動き出しも遅く、チームプレイなど全く意識すらされていないようだった。

「そう言えば今日は、麗子さんともケンカしないな・・」

 繭は呟いた。練習の時からちょっと隙があれば小競り合いから、嫌味の応酬まで、常に宮間と麗子はいがみ合っていた。

「共通した敵がいると、ここまで団結できるのか・・💧 」

 再開した試合を見つめながら、繭は呟いた。

「でも、もし、コンスタントにこんな試合ができるようになったら・・」

 繭は、そう考えてハッと息を呑んだ。

「もしかしたら・・」

 繭の頭に一瞬、社会人トップリーグの光景が浮かんだ。

「もしかしたら・・」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る