第32話 試合開始
「がんばって~、さゆちゃ~ん、みきちゃ~ん」
「みっち~、みっち~」
「金城なんかに負けるなぁ~」
スタンドから、隣り町商店街を応援する熱狂的な声援が響く。見ると、お手製と思われる鉢巻きや法被を来た男たちが、スタンドにずらりと並び、男の熱気でむんむんとけむり、そこだけ異様な熱を発している。
「かわいい~、みきちゃ~ん」
「か~わいい~」
「金城なんかぶちのめせぇ~」
その男たちの前には大きな大弾幕まで棚引いている。
「ギリギリギリ」
宮間の歯ぎしりの音がピッチに響いた。試合開始を待つ、ピッチ上の宮間たちの表情には更なる、もはや殺意にすらなっている怒りのオーラがもんもんと燃え上がっていた。
ピッ、ピーッ。
そして、試合は始まった。試合開始の笛と同時に、凄まじい勢いで、金城町の選手たちが、キックオフした隣り町商店街にプレスをかける。
「きゃー」
もともとビジュアル重視で集められたひ弱そうな相手選手たちは、金城町商店街サッカー部のその凄まじいプレッシャーだけでびびった。
そこに、ものすごい形相で、サイドバックであるにもかかわらず野田と仲田が最前線まで上がり、タックルまがいのプレスをかける。その出足の速さは、神業レベルだった。それをパスで何とかかわす隣り町商店街の選手たちだったが、それを他の選手と連携しながら更にものすごい勢いで、野田と仲田が執拗に追いかけ回す。
「す、すごい・・💧 」
ベンチから見つめる繭は見方でありながら、その勢いと形相の凄まじさにちょっと引いた。
「きゃー」
隣り町商店街の選手たちの悲鳴が響いた。怖いくらいの猛烈なプレスと反則すれすれのタックルを繰り返し、普段見られない他のメンバーとの素早い絶妙な連携によって、ついに野田がボールを奪った。ボールを奪われた相手選手はもんどりうって倒れたが、そんなことには構わず、そのまま素早く金城町商店街のメンバーはカウンターに入る。
「こらーっ、汚ねぇぞ」
「ファウルだろ。ファウル」
隣り町商店街の応援団の男たちからヤジや罵声が飛ぶ。だが、やはりそんなことは当然のごとく全く無視して、金城町の選手は猛然とその勢いのまま相手陣地に攻め入って行く。
「す、すごい」
繭が思わず呻くほどに、それは完ぺきに、そして神業のごとく素早く連動して行われていた。
「きゃー」
群れなす巨大な野生動物のように、猛烈な勢いで攻め入ってくる金城町の選手たちに、隣り町商店街の選手たちは大混乱に陥った。
ピーッ
そして、その勢いのまま、あっという間に金城町商店街チームが先制点を取ってしまった。
「やったぁ~・・」
繭はベンチで飛び上がった。
「でも、喜んでいいのかな・・」
繭は反射的に立ち上がったものの、なんか素直に喜んでいいのか気になり隣りのかおりを見た。
「う、うん・・」
かおりも少し困惑している様子だった。
「やったぜぇ」
ゴールを決めた宮間が、隣り町商店街の応援団の連中に向かって拳を突き出しガッツポーズをする。宮間はボランチであるにもかかわらず、二人のFWを飛び越え、なぜかゴール前にいた。
「こらー、汚ねぇぞ」
「反則だろ」
スタンドからはそんな宮間に向かってヤジが飛ぶ。
「へへへっ、一点は一点だね」
ヤジに向かって宮間が挑発するように怒鳴り返す。
「そこまでして点が欲しいのか」
「欲しいね」
宮間は余裕の表情で、応援団をバカにする。
「ググググッ」
それに対して歯ぎしりして悔しがる隣り町商店街の応援団たち。
「なんて醜いんだ・・」
そんな光景をベンチから繭は見つめていた。
「クッソ~、むかつくぅ。金城ぉ~」
「くやしい~」
応援団たちの呻きがピッチに向かって呪詛のように流れていく。
「へへへっ」
宮間はそれを背中に聞きながら満足そうに、自分のポジションに帰って行った。
「人間としてどうなのか・・💧 」
繭はそんな宮間を見て思った。
「繭はどこかなぁ~」
そこへ、隣り町サッカー部の応援団の向こう側から、試合開始から遅れて早紀が姿を現した。
「わっ、早紀ちゃんだ」
早紀は手の平を額に当て、きょろきょろとピッチの中に繭を探す。その後ろには友達を大勢、引き連れている。
「わっ、わわ」
繭は慌てて隠れるようにベンチで身を小さくした。
「見つかりませんように」
いずれは絶対見つかるのだが、繭は祈るような気持ちで呟いた。
「?」
そんな、隣りで身を小さくする繭を、かおりが不思議そうに見つめる。
「何やってるの繭ちゃん?」
「う、うん、いろいろ複雑なんだよね」
「ん・・?」
ピーッ
かおりが首を傾げていると、いつの間にか再び試合は始まっていた。
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