第23話 目覚めると・・

「う~ん、う~ん」

 繭は眠りながら唸り、苦しんでいた。

「なんだか重いなぁ」

 繭はそこで目を覚まし薄っすらと目を開けた。なんだか体が重く、体が痺れたみたいに動かない。どうしたのだろうと、繭はまだはっきりとしない意識でいぶかしんだ。

「体が動かない」

 繭は少し体を動かしてみる。が、やはり全く動かない。

「金縛り?」

 これが金縛りというやつなのか。初めてなった。本当に動かない。繭はそこで初めてはっきりと目覚め、焦った。

「動かない~、誰か助けて~」

 胸の上に誰か乗っているような感じがある。幽霊?

「わぁ~、めっちゃ怖い」

 しかも、胸の辺りになんだか人の頭みたいなものが見える。

「うわぁ~」

 繭は半狂乱状態になった。

「わぁ~、わぁ~、わぁ~、あっ、ん?」

 が、しかし、よく見るとそれは宮間だった。宮間が繭の体にクロスするように乗っかって、寝ていた。

「わっ」

 繭は、慌てて宮間を付き飛ばし起き上がった。宮間の頭はドンっと音がするほど畳にぶつかり転がった。が、しかし、宮間は全く起きる気配はなく、そのまま熟睡していた。

「こ、ここは・・?」

 繭は自分が寝ていた部屋を見回す。それは、銀月荘の繭の部屋だった。

「な、なぜ、宮間さんが?っというか昨日お酒飲んでからの記憶が一切無い・・」

 繭は昨日の事を思い出してみた。

「居酒屋に行って、カウンターに座って、宮間さんに頭をはたかれて、ビールを飲んで・・・、」

 しかし、ビールを飲んでからの記憶が、どうしても思い出せなかった。

「・・・、私・・」

 繭は、眠りこける宮間の顔を見つめた。

「どうして・・」

 繭はなんだか怖くなってきた。

「あっ、しまった」

 繭はその時、今日大学へ行かなければならないことに気づいた。そして時計を見ると、自分が寝坊したことにも気付いた。

「遅刻だ。遅刻だ」

 繭は慌てて、寝ている宮間の隣りで荷物をまとめると、部屋を飛び出し、そのままの勢いで階段を猛烈なスピードでかけ下りた。そして、玄関で自分の靴に足を突っ込むと、まだ履ききらないうちに玄関を出ようとそのまま走り出した。その時だった。

「おいっ、朝飯出来てるよ」 

 突然、繭の背後から声がした。繭が振り向くと、食堂の入口に掛っているのれんの間から、昨日、熊田コーチと一緒に食堂でお酒を飲んでいた寮母のおばあさんが顔を覗かせていた。

「い、いえ、あの、遅刻しそうなんで・・」

「遅刻したっていいじゃないか。朝ご飯はしっかり食べてお行き」

 やさしいようでいて、有無を言わせない口調だった。繭の意識と体は、猛烈に玄関へと向かっていたのだが、仕方なく、繭はしぶしぶ食堂へと体を向きなおした。

「う~、困ったなぁ」

 繭がうねりながら、食堂ののれんをくぐると、食堂の真ん中に置かれた長机にかおりと野田、仲田、志穂がすでに座っていた。

「あ、みんなもう起きてたんだ」

 繭はみんなにあいさつをしようと、みんなの方を見た。するとなぜかみんな目を伏せる。

「おはようございます」

「お、おはよう」

 繭が挨拶をするが、やはり、なんだかみんなよそよそしい。みんな目がふし目がちだった。

「なんか、高校の文化祭の次の日もこんな感じだったような・・」

 なんだかおかしいなと感じつつ、繭はとりあえず空いていたかおりの隣りに座った。

「おはよう」

「お、おはよう」

 かおりもやはりなんだかよそよそしい。

「あの~、かおりちゃん、私昨日の記憶ないんだけど・・・」

 繭は恐る恐る訊ねてみた。

「えっ、ああ」

 かおりは視線を斜め上に向け、なんだか言い難そうにして、何も言わない。

「かおりちゃんはなんともないの?」

「うん、私は平気。記憶も隅から隅まであるし、二日酔いも全くなし」

 本当にかおりは元気そうだ。

「へぇ~、強いんだね。かおりちゃん」

「うん、そうみたい。昨日初めてお酒飲んだのに、すっごいおいしかったもん」

「へぇ~、かおりちゃん初めてだったんだ。私、初めてビール飲んだ時も記憶がないんだよねぇ」

 繭は一人首を傾げる。

「へ、へぇ~、その時も記憶がないんだ・・」

 かおりは、返事に困った。

「はい、出来たよ」

 と、その時、食堂のおばあさんがおかずの盛られた大皿を持って奥の調理場から出てきた。そして、それを次々とテーブルの上に並べて置いていく。

「え?」

 かおりは驚いた。そこには大皿にとんかつが山のように盛られている。しかも、それ以外のサラダや煮物の乗った大皿も同じように山盛りに盛られている。

「あ、朝から・・・、」

 かおりは食べる前から食傷気味だった。

「あんたは体が大きいんだからたくさんお食べ」

 寮母のおばあさんが、そう言って笑顔でかおりの背中を叩いた。

「は、はあ」

 かおりは困惑気味に答える。

「私、体大きいけど小食なんだよなぁ・・」

 かおりが呟くと、隣りに座っていた野田と仲田も同じく、渋い表情で山盛りに盛られたとんかつを見つめている。

「金(かね)さんは、うちらにメシ食わせるのが生きがいだからなぁ・・」

と、野田が呟く。

「金さん?」

 隣りのかおりが訊く。

「寮母のことだよ」

「ああ」

 かおりと繭の二人はそこで初めて寮母の名前を知った。

「金さんは、とにかくたらふくうちらに飯を食わそう食わそうとしてくるんだ。それが生きがいなんだよ。なんでも戦後の食うや食わずの貧しい時代を生き抜いてきた苦労人みたいでな・・」

 野田が金さんに聞こえないように、隣りのかおりたちに顔を近づけて囁いた。

「そ、そうなんですか・・」

「この寮に入るとみんな太るんだよ」

「そうなんですか」

「さあ、みんなたんとお食べ」

 そこで金さんの元気な声が食堂に響き渡る。よく見ると、目の前に置かれたご飯も山盛りだ。

「いただきまぁ~す」

 金さんの元気な声とは対照的に力ない声が響く。朝というだけでなく昨日の過酷な練習の疲れと、夜に飲んだ酒と睡眠不足で、みんな食欲どころではない。しかし、仕方なく、みんな目の前のとんかつを力なく箸で掴み、無い食欲に鞭打ってかぶりつく。昨日の酒が胃の中に残っているせいで油物は余計つらい。みんなかぶりついたとたん顔をしかめる。

「今日はのりちゃんもいないしなぁ」

 志穂が呟く。

「あいつ、また入院とか言ってたな」

 野田が言う。

「あいつがいないと、あたしたちだけでこれ全部は絶対無理だぜ」

 仲田がため息交じりに言う。

「こいつは体でかいけど、全然食わねぇしな」

 存在感がなく繭は気付かなかったが、テーブルの片隅にめぐみちゃんが一人、身を小さくして座っていた。めぐみちゃんは野田にじろりと睨まれると、何も悪くないのに申し訳なさそうに身を小さくした。

「残したら、怒られるしな」

 野田が言う。

「そうそう、お百姓さんが・・、せっかくとか言ってな」

 仲田がうなづく。

「お百姓さんじゃなくて、その前の量の問題なんですけどね・・」

 志穂が、悲し気に呟く。

「やっぱり、私無理だ。どうしようこんなに」

 かおりがなんとか、一枚目のとんかつを食べ終わると、ため息とともに呟いた。しかし、大皿のとんかつは当然全然減っていない。依然として大皿の上で山のようにそびえたっている。

「はああ・・」

 それを見て全員が同時にため息をついた。

「おかわり」

 その時だった。ものすごく元気な繭の声が食堂に響き渡った。みんなが一斉に繭の方を見る。

「えっ?」

 全員に見つめられた繭は、逆に驚き、みんなを見返す。

「あ、あの何か?」

 繭は恐る恐る訊ねる。

「お前すげぇな」

 野田が感嘆のため息とともに大きな声で言う。

「繭ちゃん、平気なの?」

 かおりが隣りから顔を覗き込むように訊ねる。

「何が?」

 繭は何を言われているのかさっぱり分からず、逆に戸惑った。

「おお、いい食べっぷりだ」

 すると、そこににこにこと金さんが奥から出て来て、繭のお茶碗を受け取った。そして、ごはん茶碗に大盛り一杯にご飯をよそうと、嬉しそうに再び繭に渡した。

「たくさんお食べ」

「ありがとうございます」

 繭はそれを受け取ると、また、凄まじい勢いで食べだした。それを他のメンバーが唖然とした顔で見つめる。

 繭はものすごい勢いで食べていく。その勢いは衰えなかった。山盛りに盛られたとんかつがみるみると減っていく。

「あっ」

 突然、繭の手が止まった。

「ん?どうした?」

 野田が繭に訊ねる。

「あ、すみません。とんかつみんなの分もあるんですよね。私こんなに食べちゃった」

 繭は、みんなを見回す。

「ああ、いい、いい、みんな食べちゃっていいよ」

 全員が、声を揃えて慌てて言う。

「えっ、いいんですか?」

「うん、いい、いい、全部食べっちゃっていいよ」

 みんなにこやかに、それでいてひきつった笑顔で言った。

「なんだか悪いなぁ」

「全然悪くないよ。全然悪くない」

 野田と仲田が、やさしく言う。

「そうですか、じゃあ」

 そう言うと、繭は再びものすごい勢いで食べだした。

「・・・」 

 その光景を全員が再び黙って見つめた。


「ふぅ~」

 繭は、一人でほぼ大皿のとんかつを完食し、ご飯を大盛りで七杯おかわりしたところで、やっと人心地ついてお茶を飲んだ。

「いやぁ~、いい食べっぷりだったねぇ。惚れ惚れしちゃうよ。作りがいがあるってもんだ」

 金さんは、本当にうれしそうに、にこやかに繭を見ながら関心していた。

「お前は救世主だよ」

 金さんが再び、調理場に消えると、野田が言った。

「こんなとこに最強の助っ人がいるとはな」

 仲田も感心して繭を見る。

「???」

 繭は何を言われているのか分からず、きょとんとする。

「繭ちゃんありがとう」

 かおりが本当に心の底から感謝する。

「?」

 繭はやはり何を言われているのか分からずきょとんとしていた。

「ほんと助かったよ」

「ほんとほんと」

 野田たちが繭に向かって、大喝采を浴びせる。

「あのぉ~」

 その時、繭が突然、何かを言いたそうにした。

「ん?どうした。おなか痛いのか」

 野田が心配する。

「何でも言いなさい。おねえさんたちが何でも聞いて上げるよ」

 仲田もいつになくやさしい。

「あの~」

「うん、うん、どうした、どうした」

 野田と仲田が、やさしく訊ねる。

「おかわり」

 繭はご飯茶碗を再び高々と上げた。

「まだ食うのか」

 全員のけぞり、みんなの目は、驚きから驚愕に変っていた。

「ははははっ、本当にこの子は良い子だよ」

 再び奥から出て来た金さんは、嬉しそうに繭のご飯茶碗を受け取ると、慣れた手つきでご飯を素早く盛って、再び繭に渡した。

「ありがとうございます」

 そう言って、受け取るや否や、繭はまたものすごい勢いで食べ始めた。かおりや野田たちはそれを、異星人でも見るような目で、茫然と見つめた。

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