第49話 全員総攻撃
試合は終盤。残り五分を切った。
「攻めろ」
熊田はぶれなかった。相手はこの三部リーグの中では強豪。しかもアウェー。残り時間を考えても、引き分けで勝ち点一は魅力的だったし、結果としては御の字だった。
「攻めろ」
しかし、熊田の攻撃的姿勢は変わらなかった。
金城は、失点のリスクを背負いながら、追いついた勢いで攻め続ける。宮間はもちろん、もう一人のボランチ、静江でさえかなり高めの位置を取っている。両サイドバックも上がりっぱなしで、現段階でほぼ全員攻撃、相当リスクのある布陣になっていた。しかし、当然だがそれに対して相手も必死で守る。
ついに試合はロスタイムに入った。試合は残り五分。
「あっ」
その時、志穂が何を思ったか左サイドから中に不用意な横パスを出してしまった。金城の選手全員の息がとまる。志穂のパスはコースもスピードも甘く、それを相手チームはすかさずカットする。そこから一気に相手チームはカウンターを始めた。金城の選手は慌てて自陣に帰るが、それは三失点目のように、あっという間に金城陣営の深くまでつながってしまう。
「ああっ」
ベンチ前で信子さんが両手を口に当て、思わず叫ぶ。三失点目の時の悪夢が脳裏をよぎる。
素早く右サイドまでつながったボールは、すかさず中央で待ち構えていたセンターFWへと低い弾道で送られた。
「あああっ」
信子さんとその横のたかし、その後ろの麗子、かすみも身を乗り出し、同時にさらに悲痛な声を上げる。
中央に送られたボールは相手FWの足元にきれいに通る。そして、相手FWはそのままダイレクトにそのボールに合わせようと足を振り上げた。
「ああっ」
金城のベンチメンバー全員が前のめりになる。そして、相手FWはその上げた足を振り抜いた。
「ああっ」
金城のベンチメンバーはさらに叫び声を漏らす。ボールは振り抜いたその足の芯にきれいに当たった。当たった瞬間、ゴールに突き刺さるのが分かるほどの完璧なヒットだった。
「おおっ」
観衆からどよめきが起こる。
「ああっ」
金城のベンチメンバーはその瞬間、終わった、と思った。
が、その時、右脇から懸命に一人走りこむ選手がいた。その選手はものすごい勢いでスライディングをすると、ぎりぎりいっぱいボールの前へと足を伸ばした。
「あっ」
金城のベンチメンバーが目を剥く。それは柴だった。
柴は懸命にその足を伸ばす。まさに間に合うかどうかギリギリいっぱいの場面だった。相手のシュートボールが足から離れる。そこに柴の足が伸びる。
「うううっ」
金城のベンチメンバーは緊張のあまり、思いっきり手をぎゅっと握りしめ、全身に力がこもった。
「あっ」
本当に一瞬の出来事だった。その目一杯伸ばした柴の足先に、シュートボールがかろうじて当たった。
「やったぁ」
金城のベンチメンバーは飛び上がるようにして喜び叫んだ。
相手のシュートボールは柴の足先に当たり、大きく浮き上がった。それを遅れてカバーに入っためぐみがすぐに大きくクリアする。
「よかった」
ピッチ上の金城のメンバーもホッと胸をなでおろす。が、そんな間もなく、今度は金城の逆カウンターが始まった。
めぐみのクリアしたボールは運よくかおりの下に落ち、それをかおりはきれいに胸でおさめた。それと同時に他の金城の選手は全力で前線へと走り出す。
「全員上がれ」
熊田がその勢いに選手たちを乗せるように叫ぶ。
「上がれ上がれ」
熊田は目一杯叫び、全身を使って金城の選手たちを鼓舞する。
「上がらんかい」
熊田はさらに叫ぶ。しかし、主要なメンバーは残らず上がり、残っているのはセンターバックの柴とめぐみの二人だけだった。
「上がれ」
熊田はそれでも叫んでいる。
「?」
金城のベンチメンバー全員が、そんな熊田を見つめる。
「上がらんかい」
熊田はセンターバックの二人を見ていた。
しかし、当の二人はよもや自分たちが上がるなど露考えておらず、全く気付いていない。
「上がれぇ、上がらんかい」
熊田は怒声を振り上げ、叫ぶ。
だが、やはり二人は、上がって行った前線の選手たちを、点を取ってくれたらいいなぁと、他人事のように見ている。熊田の声もしかり。他人事のように風に乗って右の耳から左の耳に抜けていた。
「?」
しかし、なんとなくさっきから自分たちに声が向けられているような気がして、柴とめぐみは、なんとなしに熊田の方を見た。
「!」
すると、熊田はがっつりと二人を睨みつけるように見つめている。二人は驚いて顔を見合わせる。そして、もう一度熊田を見る。
「!」
確かに熊田は二人をがっつり見つめている。
「上がらんかい」
そこに、熊田の怒声が響く。
「・・・」
二人はもう一度顔を見合わせた。そして、もう一度、目を見開いて熊田を見る。熊田の血走る目はマジだった。
「・・・」
二人はまた顔を見合わせた。
「・・、めぐみちゃん行って」
柴が言った。
「は、はい」
そう答えたものの、めぐみは本当に良いのかなと、おっかなびっくりおずおずと上がって行った。
これでいいだろうと、柴は再び前線を見つめる。
「おまんもじゃ」
しかし、熊田はさらに叫んだ。
「えっ」
柴は目を丸くして、再び熊田を見返す。ベンチメンバーも熊田を見る。しかし、熊田のその目はやはりマジだった。
「・・・」
柴もいいのかなと少し躊躇しながら、おずおずと上がって行った。金城陣営はついにGKののり子だけになった。
「す、すごい采配だな・・💧 」
たかしが呟く。金城のベンチメンバーも、熊田のその大胆な采配に驚いていた。
「上がれ」
しかし、熊田はまだ叫んでいる。
「えっ!」
金城のベンチメンバーはさらに驚いて、熊田を見つめる。もう上がる選手と言えば・・、GKしかいない・・。
「なにしちょる。上がらんかい」
熊田はやはりそのGKののり子を見ていた。
しかし、とりあえずゴール前での危機の去ったのり子は、CB二人よりもさらに他人事のようにのんびり前線を見つめていた。
「上がらんかい」
熊田はそんなのり子に向かってさらに叫ぶ。
「?」
その時、やっと、のり子はなんだか自分に言われているような気がして、熊田の方を見た。
「おまえじゃ」
熊田はそんなのり子を、血走った目で眼光鋭く見つめていた。
「?」
のり子は最初ぽかんとして、熊田を見つめていた。が、
「早よ、上がらんかい」
そんなのり子を、熊田が全身のジェスチャーを使って思いっきり怒鳴り散らすと、のり子はびっくりして飛び上がり、どしどしとその重そうな体を揺らし、慌てて前線へと走り出した。
「そうじゃ、上がれ上がれ、全員総攻撃じゃぁ」
熊田はさらに全身を使って、選手たちを煽って煽って煽り倒す。
「・・・💧 」
たかしたち金城のベンチメンバーは、後ろからそんな熊田を茫然と見つめていた。
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