第50話 大パニックのゴール前

「!」

 ゴールキーパーまで含めた金城の選手たち全員が、津波のように迫って来る。相手の池井戸FCの選手たちは大パニックになった。

 ただでさえ追いつかれ、逆カウンターを食らい、ポジショニングも崩れ、精神的に動揺していた。そこにゴールキーパまでが上がって来るという、ありえない全員総攻撃が今、目の前に迫ってきている。相手選手たちは目を剥いて戦慄した。

 今まで経験したことのない、あまりの無茶苦茶で怒涛の攻めに、相手選手たちの頭の中は、現状認識に思考が追い付かず、完全に真っ白になった。誰がどこでどうしていいのか完全に自分を見失い、訳も分からず右往左往し始め、さらにパニックにパニックを重ね、守備は完全に秩序を失った。

 金城はそんな混乱状態の相手に乗じて、勢いよく攻めていく。

「行け、行けぇ」

 ベンチメンバーも、そんな追い風ムードに興奮して叫ぶ。

 ピンチの後のチャンス。形勢は完全に逆転して、あっという間にボールは池井戸FC側の陣地へと運ばれていった。

 いったん右サイドに流れたボールは再び中央に送られ、それを宮間が受ける。それをすぐに宮間は前線のかおりに預け、宮間が前線に走りこむと、それをもう一度、かおりが宮間に落とした。

 宮間は、そのボールをここぞとばかり、渾身の力を込めて、足を振りぬいた。

「おおっ」

 観衆から呻き声が漏れる。シュートはものすごい勢いで、いいコースに飛んでいく。

「やったか」

 誰もが思った。

 しかし、宮間の打ったシュートはゴール前に詰めていた相手DFの肩に当たり、上に跳ね上がってバーに直撃した。

「ああ」

 ベンチメンバーの残念な声が漏れる。

 しかし、勢いよくバーに当たり跳ね返ったボールは、その勢いのまま更にGKに当たり、その跳ね返りがさらに近くにいた繭に当たり、ゴール前にこぼれた。

「あっ」

 繭は慌てて体を前に倒し足を出そうとする。

「あっ」

 ベンチメンバー全員も興奮して、繭と同じように無意識に前のめりになる。

 が、しかし、それを繭よりも若干ポジションの良かった相手DFが、繭よりも一瞬速く、慌ててクリアする。

「ああっ」

 ベンチメンバーは全員がっかりしてのけぞった。

 が、しかし、あまりに慌てていたため、再び目の前の味方のDFに当ててしまった。するとボールは再びピンボールのように、その跳ね返りが今度はその隣りのかおりに当たり、また別の相手選手に当たりと、ゴール前の密集の中で敵味方入り乱れる中を、人から人へと次々当たりながら方向を変えていく。 

 それがまた、相手選手の前に落ちた。それをまたしても慌ててクリアする。だが、やはり慌てていたため、クリアしたボールは、やはりまた近くの味方に当たってしまう。ボールは再び、ピンボールのように、人から人へと、次々と当たり素早く方向を変えていく。

 それをゴール前に密集した選手たち全員が動くこともできず、そのボールの動きを首と目だけを動かし追っていく。

 ベンチメンバーも、観客も次々方向を変えていくボールを一生懸命目で追いかける。

「わっ」

 すると、ボールは最初のきっかけになった宮間に戻り、その太ももに当たると、密集の外にころころとこぼれ、転がっていった。

「・・・」

 全員がその行方を追う。

「あっ」

 すると、そのボールのこぼれた先にちょうど、どしどしと後ろから一番遅れて上がってきたのり子がやって来た。

「打てぇ~」

 熊田が叫んだ。

「!」

 のり子は、熊田の声に反応し、考える間もなく、訳も分からないまま、そのままの勢いで思いっきりゴールに向かってそのボールを蹴った。

 ドカ~ン

 ボールはのり子の豪快に振った足にクリンヒットし、ものすごい勢いでゴールへ向かって飛んでいった。

「おおっ」

 金城のベンチメンバーと観客全員が思わず声を漏らす。それは恐ろしいほどの威力とパワーのこもったシュートだった。

 が・・、しかし、期待したシュートは一番近くにいた相手DFの胸のど真ん中に当たって、あっけなくすぐに止まった。シュートの当たった相手選手は至近距離からの、あまりの威力に吹っ飛んでぶっ倒れた。

「あちゃ~」

 金城のベンチメンバーはおでこに手を当てのけぞった。立て続けの勢いのあるシュートだったが、どちらも相手選手に当たって入らない。

 が・・、しかし、相手DFに当たったこぼれ球が今度はやはり慎重に遅れて上がってきていた柴の前に転がっていった。一番近くにいた相手選手は、のり子のシュートで吹っ飛び、ぽっかりとそこだけシュートコースが空いている。更に、相手DF陣は怒涛の全員攻撃に混乱してポジショニングがはっきりせず、シュートブロックにも入れなかった。

 柴は、その転がってきたボールを、のり子同様そのまま、思いっきりよくゴールに向かって足を振り抜いた。

 軽くバウンドしていた球に、リズムよく合わせたシュートは足の芯の芯に当たり、レーザービームのごとく、まっすぐ一直線にゴールに向かって飛んでいった。

「おおおっ」

 その凄まじい弾道に、観客を含めたその場にいる全員が声をあげた。

 ボールは、敵味方の選手が入り乱れ密集したゴール前で、モーセの十戒の海割れのごとく奇跡的に切り開かれた隙間を、まっすぐ一直線に、ゴールに向かってすっ飛んでいく。

「ううっ」

 金城のベンチのメンバーは、期待と不安に全身を固く硬直させ、その弾道に食い入る。

 時が止まったようにその場の全員がそのボールの行方を追う。それは一瞬の出来事だった。あまりに弾道が速く、それは本当に一瞬だった。しかし、それは時間軸がずれ、時間がそこだけ伸びたような錯覚を瞼に焼き付ける一瞬だった。

 バシュッ

 柴の放ったシュートはまさに弾丸のごとく、ゴール右下のネットにまっすぐ突き刺さった。

「やったぁ」

 その瞬間、金城の選手が全員飛び上がった。相手選手はそれと同時に全員崩れ落ちる。金城はついに逆転してしまった。

 金城の選手たちはすぐに全員柴の下に駆け寄り、柴に抱き着くやら、飛びつくやら、もう大騒ぎで柴を取り囲む。

「きゃー」

 柴はみんなにもみくちゃにされ、その中心で笑顔満面で叫ぶ。

「柴さん、すご~い」

 繭が興奮してそんな柴に抱き着く。

「さすがキャプテン」

 普段、キャプテンとして全く尊敬していない、野田や仲田も称賛の声を上げながら、その頭をパシパシ叩く。

「おおっ、やったなキャプテン、キャプテン」

 そして、更にもう一人、同じく普段全くキャプテンとして柴を見ていない宮間も、派手にはやし立てながら、パシパシその頭を叩く。

 金城のメンバーはもう大騒ぎだった。

 その一方で、相手選手たちはただ、これが本当に現実なのかといった表情で、呆然とその凄まじいゴールの決まったゴールネットを見つめうなだれていた。

「やっぱり、わしゃ、天才じゃな」

 ベンチ前では熊田が首をひねりながら真顔で呟くと、振り返りながらその分厚い右手を高々と上げ、たかしに向かって力強くハイタッチを振り下ろす。

「やりましたね」

 それに対してたかしも笑顔で右手をあげ、力強くそれに応えた。

「わしの作戦に、相手もびびったじゃろうのぉ」

 熊田は得意満面だった。

「それは、もう・・、はははっ」

 それは、ビビっただろうなとたかしは思った。なにせ、ゴールキーパーまでが上がっていくのだから・・。

 ピッチでは、ベンチメンバーも加わり、選手たちの大騒ぎがまだ続いていた。

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