第27話 肉タワー

「わぁ~」

 繭は食堂に入り、そのテーブルの上にてんこ盛りに盛られた肉のタワーを見て、感嘆の声を上げた。

「肉だぁ~」

 繭の目は自然と輝きを増した。しかし、その隣りでは、野田たちが憂鬱そうな顔をしてその肉タワーを見つめていた。

「焼き肉はいいんだけど、多過ぎなんだよなぁ。いつも・・」

 野田が呟く。

「なんか更にパワーアップした感じですね」

 志穂がげっそりと、そびえ立つその肉のタワーを見上げる。

「楽しいのは最初だけ、後は地獄だよ」

 仲田が席に着きながらうつむき加減に言う。

「頼むぞ。のっち」

 宮間が隣りに座っているゴールキーパーののり子の肩を叩いた。のりちゃんは、先日また退院して、寮に戻っていた。

「あっそうだ。繭がいたんだ」

 その時、野田が顔を上げ叫んだ。

「そうだ」

 仲田も目を見開く。

「それにのりちゃんも帰ってきている」

 志穂が続いた。宮間は何のことかと、三人を見る。

「これで安心して焼き肉が食える」

 仲田がホッと胸を撫でおろす。

「地獄でしたもんね。食事が・・」

 志穂が呟く。

「頼んだぞ」

 野田が隣りの繭の肩を叩く。

「?」 

 繭は何のことか分からず、一人きょとんとしている。

「なんだよ」

 宮間が三人を見る。

「すぐに分かります」

 仲田が宮間に言った。宮間は訝し気に首を傾げた。

 そんな繭の隣りにかおりもやって来て、繭の隣りに座った。

「あっ、かおりちゃん、もう来てたんだ」

「うん、昨日から。今日はまだ学校始まったばっかだから、大した授業なくて、いろいろ部屋の片づけしてんたんだ」

「へぇ~、そうなんだ。私、今日からなんだ」

「あっ、そうなんだ。後で部屋に遊びに行っていい?」

「うん、もちろん」

「私の真上の部屋だよね」

「そう。海が見えるんだよ」

「へぇ~、いいなぁ」

「ところで、あの・・」

「何?」

「部屋に誰かいる?」

「えっ?」

 かおりは質問の意味が分からず。首をかしげ繭を見た。

「あ、いいんだ。変な事訊いちゃったね」

 やっぱり、私の部屋だけなんだ・・。宮間さんたちは、これからも、私の部屋にやって来るのだろうか・・。繭の心に一抹の不安がよぎった。

「はいっ」

 その時、繭の前にどんぶりと見まごうばかりの巨大な大茶碗が置かれた。繭が隣りを見上げると、金さんがにこにこと繭の横に立っている。

「あっ、どうしたんですか。これ」

「あんたの食べっぷりが気に入ったんだ」

 金さんが嬉しそうに言った。

「それに、あんたの入寮祝いも兼ねてね」

「ありがとうございます」

 これでおかわりの手間が省け、思いっきり食べることに集中できる。繭は思った。


 食事が始まれば繭の独壇場だった。大食いののりちゃんでさえも霞む、ものすごい勢いで繭は次々とテーブルの上の食べ物を平らげていく。あれほど高かった肉タワーもあっという間に並みの高さになっていった。

「どんどん焼け、どんどん」

 野田が音頭をとり、他のメンバーが自分の食べるのも忘れ、せっせと繭のために肉を焼く。それでも、焼くスピードが間に合わないほどだった。

「・・・」

 宮間は茫然とそんな繭の猛烈な食べっぷりを見つめ、野田たちの言っていた意味を知った。

「やっぱ、お前すげぇな」

 終盤、野田が繭の食べっぷりに感嘆の声を漏らす。山のように盛られていた肉の山はもうあらかた無くなりかけていた。

「いや~、お前が来てくれて助かったよ」

 仲田が心底嬉しそうに言った。大食いののりちゃんももう、すでに手が止まっている。

「今まで、ほんと、大変だったんだから」

 野田が言った。

「お残し禁止でしたからね」

 志穂がため息交じりに呟く。

「おっ、もう、あらかた無くなったな」

 野田が、嬉しそうに言う。全員が改めてテーブルの上を眺めほっとした。

「おっ、なくなったかい」

 その時、金さんが調理場から出て来た。 

「大丈夫。まだまだあるよ」

 金さんの手に握られたお盆には、新たな肉タワーがそびえたっていた。それを見た瞬間その場にいた全員がのけぞるように椅子の上でずっこけた。

 ドンッ

 鈍い重厚な音と共に、テーブルの上に肉タワー第二弾が置かれた。

「・・・」

 全員、言葉もなくそれを見つめる。

「あたしは無理だからな」

 宮間がすぐに断言した。

「ああ、ずるい。宮間さんが一番食べてなかったじゃないですか。ビールばっか飲んで」

 仲田が、宮間に叫ぶ。

「あたしだってがんばってたよ」

 宮間は目を反らす。 

「繭、いけるか?」

 野田が繭を見る。繭は不思議そうに、そんな野田を見た。

「えっ、みんなもう食べないんですか?」

 繭は金さんに、あの大茶碗を渡すとご飯をおかわりし、再び猛烈な勢いで食べ始めた。

「ご飯までおかわりするんだ・・」

 志穂がそんな繭を見つめ、茫然と呟いた。繭の食欲は常人には計り知れない別次元だった。

「ほんとにこの子の食べっぷりはいいね。まだまだあるからね」

 金さんは心底嬉しそうにそんな繭を見つめる。

「繭いなかったら、マジで死んでたな」

 仲田が呟くと、その場にいた全員が静かにうなづいた。


 全てを繭が食べ尽くし、ホッと一息ついた食後のひと時、宮間が一人立ち上がった。全員が何事かと、そんな宮間を見上げる。

「さっ、飲みに行くぞ」

「ええ!やっとごはん食べ終わったとこじゃないですか」

 野田が叫ぶ。 

「バカ、酒は別腹だよ」

「ええ、お酒ってそういうもんなんですか」

 繭がその大きな目を更に大きくして宮間を見る。

「そういうもんなんだよ。さ、行くぞ」

「多分、宮間さんだけだと思うけど・・」

 志穂が呟く。

「ん?なんか言ったか?」

「い、いえ何も」

 熊田も地獄耳だったが、宮間も地獄耳だった。

「さっ、行くぞ」

 全員、意気揚々と歩き出す宮間について、重い心と体を持ち上げ、ゆっくりと立ち上がった。

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