第44話 攻めろ
ピーッ
そして試合は始まった。
試合早々、やはり相手に押され、金城は自陣に深くに引く格好となった。しかし、それは弱いからというより、戦う前から腰が引けているという感じだった。
「何やっちょる。攻めんか」
今日も監督であるたかしよりも前に出てピッチ脇に仁王立ちした熊田が、地面が震えるほどの大声で怒鳴る。しかし、それでもピッチの金城の選手たちは、前に出ることができない。相手選手は当然、そんな金城に対し、一気呵成に攻めに厚みをかけてくる。
相手のシュートが雨あられと金城の守るゴールに向かって襲う。繭はベンチから、そんな状況をハラハラしながら見つめていた。すでに、もういつ失点してもおかしくない危うさがゴール前に漂っていた。
「あっ」
繭が叫んだ。
そんな時、金城のクリアボールのこぼれ球を、相手選手がペナルティエリア外の遠い位置からシュートを打った。それはなんとなくいいコースで金城のゴールへと飛んでいく。
「あああぁ・・」
そして、繭が言葉にならない声を漏らす。そのシュートはそのままゴール右上に吸い込まれように入っていってしまった。
案の定、始まって早々、五分も経たずにいきなり金城町は失点してしまった。
「・・・」
その瞬間、また敗戦か、という重い空気がピッチにもベンチにも流れる。大量失点。開始早々の失点に、そんな不安が全ての選手スタッフの頭の中に浮かぶ。そんな試合は今まで何度も金城は経験していた。
「失点なんか気にするな。点を取れ点を」
しかし、そんな空気を切り裂くように、熊田が怒鳴った。熊田の頭の中には大量失点に対する恐れなど微塵もなかった。
「点を取れ。とにかく一点じゃ。失点なんぞ。気にせんでいい」
普段金城は防戦一方の、隙あれば攻撃に転じるという典型的なカウンター型のチームだった。しかし、試合前に熊田は前から前から、後ろのラインも目一杯上げてプレスを積極的にかけ、攻めろと指示していた。
「攻めろ」
熊田は叫び続ける。
しかし、やはり、試合が再開されても金城の選手たちは腰が引けて、前に出ることが出来ない。中途半端に前に出ようとすると、嫌な形でボールを取られ、すぐにショートカウンターを食らい、余計危うい状況に自ら追い込んでしまう。その繰り返しで、金城の選手たちは、焦り、混乱していた。
また何時失点してもおかしくない空気が金城のゴール前に濃厚に漂う。
「・・・」
繭は、更にハラハラしながらそんなピッチを見守った。
「あっ」
ベンチの繭がまた叫んだ。
「あちゃぁ」
そして、繭がおでこを叩く。金城はやはり、最初の失点からまだ間もない時間帯にまた失点してしまった。それはこれ以上ない最悪のタイミングでの失点だった。しかも、ちょっとした連係ミスの隙にボールを奪われての失点だった。
立て続けの失点に、選手たちは一気に意気消沈してしまった。しかも、ミスがらみの失点は普通の失点よりも精神的ダメージが大きい。
「・・・」
ベンチでも沈鬱な空気が流れる。これが、弱小チームの現実なのか・・。前回の隣り町商店街との試合は、相手が弱過ぎただけであったことを、繭は目の前に強烈に突き付けられた思いだった。
「気にするな。点を取れ」
しかし、熊田の指示は変わらない。
「まず一点じゃ。一点取れ」
熊田が気炎を吐いて叫ぶ。
「くそぉ、前出ろって言ったって、出れねぇんだよ」
ピッチの中の宮間も苛立っていた。宮間も攻撃型のサッカーが好きだ。しかも攻撃大好き、前に出るの大好き、目立つの大好き、そんなボランチだった。宮間自身、前に出たいのはやまやまだった。しかし、チームは生き物。宮間一人の力ではどうしようもなかった。
「くっそぉ~」
宮間は一人、得点に喜ぶ相手選手たちを睨みつけるように見つめる。
「お前はその内股なんとかしろ」
そして、宮間は直ぐ近くにいたかすみを怒鳴りつけた。
「まっすぐ立てねぇのか。まっすぐ」
宮間はかすみに八当たりを始めた。
「いや~ん、そんなに怒鳴らないで」
たまたま近くにいただけの運の悪いかすみは、いつもの癖でくねくねとぶりっこをする。
「そのくねくねもやめろ」
かすみの動きはどこか人の怒りのツボを刺激するところがある。宮間のイライラは更に募る。
「いや~ん」
それでもかすみは、内股で腰をくねらす。
「まったく・・、💡 」
その時、そんなかすみを見ていた宮間が突如何か閃いた。
「お前、前からその俊足でボールを追いかけまわせ」
「?」
突如出された指示に、かすみは訳も分からず一人首を傾げ宮間を見つめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。