第18話 続く練習

 ドカア~ン

 サッカーボールが大きく宙を舞う。ゴールから外れるどころか、後ろのボールが外へ出ないように高く設定されたフェンスすら超えて行く。

 サイドからのクロスに対してのシュート練習に移った選手たちだったが、まっすぐ飛ばすどころか、ボールにミートすら出来ていない。

「コラァ、何やっちょる」

 熊田が怒声を上げる。

「何やっちょるって言ったってなぁ」

 シュートの順番待ちの列に並ぶ野田が呟く。

「走り過ぎで足の感覚がねぇよ」

 仲田が疲労の滲む顔で言う。

「足がちぎれそう・・」

 志穂が力なく呟いた。

「ちぎれてもまた生えてくる。大丈夫じゃ」

「嘘つけ」

 野田と仲田が同時に熊田に向かって叫ぶ。

 ドカ~ン

 また、ボールが一つフェンスを越えて行った。

「なんじゃなんじゃ、そのへなちょこシュートは」

 熊田がまた怒声を上げる。

「だったら、お前がお手本見せてみろ」

 野田が叫んだ。

「そうだそうだ」

 仲田も続く。

 熊田は全く動ずることなく、キッと顔を引き締めると、おもむろにゴール前へと歩き出した。

「よく見ちょれ。これがシュートっちゅうもんじゃ。おいっ、ボール上げろ」

 熊田は、ちょうどサイドキッカーの順番が回ってきた繭に、大声で指示を出した。

「は、はい」

 繭は慌ててバックステップを踏むと、セットされたボールを蹴り上げた。それはきれいな弧を描いて熊田の下へと一直線に飛んで行った。

 熊田はその飛んで来たボールに思いっきり右足を振り抜いた。

 バチ~ン

 熊田の蹴ったボールはものすごい勢いでネットに突き刺さった。

「・・・」

 ゴールキーパーののりちゃんは一歩も動けず、前を向いたまま茫然としている。

「どうじゃ、これがシュートっちゅうもんじゃ」

「う~、す、すごい」

 野田、仲田、志穂が同時に呻く。他の選手たちも目を剥いて沈黙した。

「しかも、下駄で・・」

 宮間が呟く。野田たちも、さすがにグウの音も出なかった。

「分かったら、もう千本だ」

「何ぃ~」

 野田たち、宮間の取り巻き三人衆が呻くように叫ぶ。

「千本って・・、」

 繭も唖然となった。熊田のあまりの無茶苦茶な数字に、選手たちは言葉も無く、その場に茫然となった。

「あいつ絶対数字の感覚おかしい。というか、何かが根本的におかしい」

 選手たちは全員心の中で思った。

 バチ~ン

 みんな疲れてまともなシュートを打てない中で一人だけ、強烈なシュートをゴールに突き刺す選手がいた。

「かおりちゃん、うまーい」

 繭が感嘆の声を上げる。かおりはサイドから上がってくるクロスをピンポイントで合わせ、次から次へとゴールにねじ込んでいく。

「かおりちゃんはボールに合わせるのがうまいんだ」

 左サイド側で練習を見守っていたたかしが、信子さんの隣りで自分のことのように得意げに言った。

「しかも足が長いからね、振り抜いた時の威力がすごいんだ。高校時代に見て、これはすごいと思ったんだ。その子がまさかうちに来てくれるとはねぇ」

「本当にうまいですね。身長も高いですし、すごい戦力だわ。楽しみな選手が入ってよかったですね」

 たかしの隣りにいた信子さんもうれしそうに言う。

 その時、熊田が叫んだ。

「ようし、今度はヘディングじゃ。ボールをもっと高く上げろ」

 サイドから上がるクロスは今度はヘディング用に高く上がってきた。

「えっ」

 繭は思わず叫んだ。さっきまで完璧に合わせていたかおりだったが、今度は完璧なほど全くかすりもせずに空振りした。

「目、つぶってる・・」

 繭が呟く。かおりはヘディングをする時、思いっきり目をつぶっていた。

「彼女、ヘディングはダメなんだ・・」

 たかしが、さっきとは打って変わって残念そうにうなだれる。

「あんなに身長高いのに・・・、」

 信子さんが茫然と呟いた。

 かおりも頭をかきかき、今度はクロスを上げる方の列に戻ると、繭の隣りに並びながらしょんぼりしている。

「ヘディングだけはダメなんだよね・・」

 繭はそんなかおりを見上げた。

「た、宝の持ち腐れ・・」

 バシッ、バシッ

 殆どの選手のシュートは疲労もあってゴールにはまともに飛ばなかったが、中には良いコースに行くシュートもあった。それをゴールキーパーののりちゃんこと高橋のり子がものすごい反応でセーブしていく。

「すごーい。すごい反射神経」

 繭がそれを見て感嘆の声を上げる。高橋は決してスマートな体格とは言えなかった。むしろ、どん臭そうな体格と容貌をしている。しかし、それに反して動きはすこぶる俊敏だった。

「彼女の反応の良さは代表レベルだよ」

 ちょうどクロスを上げる左側のコーナー付近に順番で並んでいた繭の近くにいたたかしが、自信を込めて言った。

「へぇ~」

 繭は改めてのりちゃんを見た。

 バシッ

 やはり、すごい迫力だった。今まで自分が見てきた高校生ゴールキーパーとは全然レベルが違っていた。最初のりちゃんを見た時、滅茶苦茶頼りないと思った自分を繭は恥じた。

「でも、なんでそんなすごいゴールキーパーがこんな地域リーグにいるのだろう?」

 繭は一人疑問に思った。と、その時、のりちゃんは突然耳を抑えしゃがみ込んだ。そして、頭を押さえ、何事か一人ぶつぶつと呟きだした。

「ど、どうしたの!」

 繭は慌てた。しかし、繭とかおり以外は全然慌てる様子はない。

「のりちゃんは、統合失調症なの」

 たかしの隣りにいた信子さんがそう言いながらのりちゃんの下へ走っていく。

「え?」

 繭とかおりはポカーンとして、そんな信子さんの背中を見つめた。

「時々声が聞こえるらしい」

 たかしもそう言いながら、信子さんを追いかけるようにのりちゃん下へ走って行った。

 練習はそこで一時中断した。

「・・・」

 繭はしゃがみ込むのりちゃんをかおりと共に茫然と見つめた。やはりこのチームは一筋縄ではいかないメンバーばかりらしい・・。

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