第14話 不安
「あらぁ~、でも、こっちまでぷんぷん匂ってきますわよ」
その時、宮間の後ろで声がした。麗子だった。
「あちゃ~」
野田と仲田と志穂が思わず額に手を当てる。宮間と熊田だけでも、厄介なのに麗子まで絡んでくるとは。
「何だとぉ」
三人の心配した通り、直ぐに宮間はその言葉に反応し麗子を睨みつけた。もう、この二人は天敵以上の関係になっている。
「お前のどぎつい香水の方がくせぇんだよ」
「なんですってぇ」
「あちゃぁ、始まっちゃった」
三人は焦るがもうこうなってしまっては、どうしようもない。三人はおろおろとただただ二人の動向を見守るしかなかった。
「お前の香水の匂いが強烈過ぎて目まいがすんだよ」
「あなたの酒臭い息に吐き気がしますわ」
「なんだとぉ」
二人の沸点は、あっという間に頂点に達した。
「あ~あ」
三人の予想を裏切らず、宮間が麗子に飛び掛かると、やはり二人は取っ組み合いのけんかを始めてしまった。
「やめてくださいよ。二人とも」
野田と仲田と志穂が間に入ろうとする。だが、二人は激しく絡まり合い、とても入っていけるような状態ではない。それでも、三人は必死で喧嘩を止めようとする。
「お前も止めろよ」
野田が後ろにいた熊田に叫ぶ。
「そうだ。お前コーチだろ」
仲田も叫ぶ。
しかし、熊田は我関せずといった態度で、動こうとしない。
「けんか両成敗。けんかはサッカーの肥やしじゃ。どんどんやったらええ。雨降って痔、治るじゃ」
「何、わけのわかんねぇこと言ってんだこの野郎」
野田が叫ぶ。
「いいから、止めろよ」
仲田も叫んだ。
「地、固まるです」
志穂が小さく呟いた。
「おおっ、そうじゃ、そうじゃ、わしはトイレに行こう思とったんじゃ」
しかし、突然、熊田はそう言ったかと思うと、ひょいひょいとその場に背を向け、そのまま行ってしまった。
「トイレ、トイレ、ちくとビールを飲み過ぎたかのう」
そんなことを一人呟きながら、熊田は陽気に去っていく。
「・・・」「・・・」「・・・」
野田、仲田、志穂の三人は、そんな熊田の背中を呆然と見つめた。
「このやろぉ。もう一回言ってみろ」
「何度でも言ってあげますわ。吐き気がする吐き気がする」
その間にも二人の喧嘩はしっかりと続いていた。二人はユニホームを掴み合い、グランドに転がりながら、罵声を浴びせ合う。それはまさに子供のけんかだった。
「・・・」「・・・」
二人のいい大人の子供のような喧嘩を、繭とかおりは少し離れた所から、不安げに見つめていた。
「なんかすごいチームに入っちゃったな・・」
二人は心の中で同時に思っていた。
「びっくりしたでしょう?」
その時、ふいに二人の横から誰かが話しかけて来た。その方を二人が見ると、繭より少し背が高い位の、小柄できれいな女性が立っていた。髪型はショートヘアの繭より少し長いショートボブに、左端を特徴のある大きなヘアピンでとめていた。赤いユニホームを着ているところを見ると、このチームの選手らしい。
「始めまして、柴真理です」
「あ、は、始めまして」
二人は慌ててあいさつをする。
「一応このチームのキャプテンをしているの」
そう言って、柴はにっこりと笑った。
「この人がキャプテン」
二人は、改めて目の前の柴を見た。確かにキャプテンというだけあって、しっかりとした落ち着いた雰囲気を醸している。
「こんな人もこのチームにいるのか」
二人は驚くのと同時に、少し安心した。
「あまり気にしないでね。あの二人。いつもことだから」
柴は取っ組み合いをしている宮間たちを見た。
「いつもなんだ・・」
二人はやはり不安になった・・。
「うちはちょっと賑やかだけど、慣れると楽しいわよ」
柴はにこやかに言う。
「は、はあ」
そう言われても二人は、少し戸惑った。正直こんなことに慣れたくはない・・。
「あっ」
その時、繭は柴の左頬に傷があるのを見つけた。細い、頬に沿って縦に流れるような傷だった。多分古い傷なのだろう。傷跡は、もうだいぶ薄れていた。
「どうしたんだろう」
繭はなぜか、そこに何かあるような気がして、その傷がとても気になった。
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