第21話 私の部屋
「私の部屋、角部屋だったんだ」
繭は横開きの部屋の戸を開け、改めて自分の部屋に入ってから気付いた。窓が奥と横に面してあり、その真ん中の角の柱で繋がっている。古い六畳の畳の部屋だが、窓が多い分明るく開放的ですぐに繭は気に入った。繭は、部屋に入ると手荷物を置き、その角の古い木枠で出来た窓を開けた。
「わぁ~、やったぁ~、海が見える」
窓を開けるとその向こうに、まだ沈み切らない夕日に照らされ、坂の途中で見たのと同じ、輝く青い海が広がっていた。その海の上を、小さく浮かぶ船が何艘かのんびりと移動していく。
「う~ん。空気もおいしい」
繭は思いっきり息を吸い込んだ。薄らとだが潮の香りがするようで、繭は窓の外についている木製の小さな柵のようなベランダの手すりに手を乗せ、その広大に広がる海に眺め入った。
「私、海の見える部屋に住むのが夢だったんだ」
繭は感動し、人知れず微笑んだ。ゆっくりと吹いている風も練習で疲れた体に気持ちいい。
「へへへへっ、やったね」
繭はここに来て初めてテンションが上がった。
「う~、窓が低い。造りが昭和だ」
しかし、その時、一人ほくそ笑む繭の真下の部屋ではかおりが窓から顔を覗かせ、一人低い窓に悲しんでいた。身長の低い繭にはなんて事のない昔の造りでも、かおりには、昔の規格で建てられた低い窓や戸は、それだけで厄介だった。
「ああ~、私の部屋だぁ」
繭は腰窓に腰かけ、改めて自分の部屋を見渡した。畳敷きのわずか六畳の狭い部屋だったが、繭にとっては念願の一人暮らし、自分の部屋だった。繭の口元には自然と笑みが漏れた。
「ふふふっ、やっと一人暮らしかぁ、やったね」
今度は畳の上に大の字になって天井を眺める。畳の匂いが気持ち良い。ちょっと変なサッカー部だけど、なんだかこれからの新しい生活が楽しみになってきた。
「さてっ」
繭は起き上がると、自分の荷物を手元に寄せた。
「とりあえず、今日はまだ荷物も届いてないし、やっぱり実家に帰ろう」
寮からの方が大学にも近く、寮に泊まった方が圧倒的に明日の通学は楽なのだが、布団もないし、着替えも用意してなかったので、やはり、遠いが実家に帰ることにした。今から帰ればなんとか最終電車までには帰れる。
「それに今日はカレーだって言ってたし」
繭は、荷物を再び手に持った。その時ふと、部屋の片隅に置かれた、敷しきっぱなしの布団が目に入った。
「そう言えば、宮間さん、ここで寝ていたよな・・」
繭が初めてこの部屋の戸を開けた時、部屋のど真ん中で、宮間は豪快に寝ていた。
「なんで、この部屋で寝てたんだろう・・」
繭はなんとなく嫌な予感がした。
「まっ、たまたま空いてたからだよね」
繭は気を取り直し立ち上がった。
「さっ、帰ろう」
その時、繭の部屋の扉が突然何の前触れもなくスッと開いた。
「えっ?」
繭が驚いて開いた入り口を見ると、そこに宮間が立っていた。
「わっ」
驚く繭に全く動じることなく宮間は無表情のまま、その気の強そうな細い目で繭を見ている。
「あ、あのぅ・・・」
「飲み行くぞ」
「えっ?」
宮間は繭の返事も待たず、それだけ言うとすたすたと扉を開け放したまま、下の階へ行ってしまった。
「・・・」
しばらく、繭は放心して開け放たれたままの入り口を見ていた。
「ええ~!」
だが、直ぐに繭は我に返り叫んだ。自分が考えていたこれからの計画が全部吹っ飛んだ。
「ううっ、カレーが・・」
繭はただうなだれるしかなかった。何か逆らえない強烈な宮間のオーラが、繭に有無を言わせなかった。繭に選択肢は無かった。
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