第20話 帰り道
「あの野郎、何考えてんだ」
やっと終わった練習の帰り道、怒り心頭に歩きながら野田がキレる。
「ほんと、あいつ何考えてんだよ。マジ、体ボロボロ」
その横で仲田もキレる。
「ほんと、疲れた」
更にその隣りで心底疲れた表情で志穂が呟く。全員本当に疲れた表情と足取りで歩いていく。
「早く、帰って寝たい」
志穂はもうかなりグロッキーな表情になっている。
「さすがに何にもする気がしないな」
その横で持久力なら右サイドバックの野田とチームで一、二を争う左サイドバックの仲田も、かなり辛そうな表情になっている。
「ほんとほんと」
体力に自信のある野田も同意する。
「練習はすりゃいいってもんじゃねえんだよ。昭和のスポコンじゃねえんだからさ」
野田は怒りが収まらない。
「しかも、これからあれが続くんですかね」
志穂が呟く。
「・・・」
全員が黙った。
「早く酒飲まなきゃ、やってらんねぇな」
その時、ずっと黙っていた宮間がぼそりと呟いた。
「えっ」
残りの三人が驚いて一斉に宮間を見る。
「今日も飲みに行くんですか?」
恐る恐る野田が宮間に尋ねる。
「当たり前だ。飲まいでか」
宮間ははっきりと、きっぱり断言した。
「・・・」
三人とも言葉がなかった。
「私たち明日仕事なんだけどなぁ」
三人は同時に思った。しかし、そんなことは宮間に言えるはずもない。
「へぇ~ファッション関係の専門学校なんだ」
宮間たちと同じく銀月荘への帰り道、繭は隣りを歩くかおりを見上げながら言った。
「うん、私、デザイナーになるのが夢なんだ」
「へぇ~、いいなぁ、そういうの私も憧れるなぁ」
繭はうっとりと、中空を見つめた。
「それでかおりちゃんは服のセンスがいいんだね。なんか違うと思ったんだ」
繭はそう言って、グラウンド脇の更衣室で着替えたかおりの私服を改めて見つめた。
「ほんと?ありがとう。これ、自分で作ったんだよ」
「うそぉ~、すご~い、どっかのブランド物かと思ってた」
繭は本気で驚いた。
「へへへっ、自分で作るから生地は結構いいの使ってるんだ」
「羨ましいなぁ」
「今度、繭ちゃんにも作ってあげるね」
「ほんと、ありがとう」
繭は大きな目を更に大きくクリクリと輝かして喜んだ。
「でもかおりちゃんて、デザイナーっていうより、モデルって感じがする」
「う、うん、それは、みんなに言われる。お前は着る方だろうって・・・」
「私なんか、チビでずん胴だから羨ましいよ」
「でも、私は背が大き過ぎて、自分に合う服がないんだ。良いなって思った服は大抵サイズがないし、サイズが合う服は大抵、デザインがボロボロだし・・・」
「そうかぁ。背が高過ぎるっていうのもいろいろ苦労があるんだね」
「うん、だから、自分で作ろうってある日思ったの。それで、お母さんが洋裁やってたから、教えてもらって作ったの。そしたら、結構上手く出来たんだ。それから、洋服作りにはまっちゃった。こう見えても、私、手先が器用なんだ」
「それでデザイナーなんだ」
「そう」
「へぇ、羨ましいなぁ。私本当に不器用なんだよね。指も短いし」
繭は自分の指を残念そうに見つめた。
「家庭科の時間に作ったエプロンとかクッションとか、完成したこと無かったもんなぁ」
「か、完成したことがないんだ・・・」
「うん・・、でも、それが何でサッカーなの?」
ふと、疑問に思い繭が訊くと、かおりは突如として表情を曇らせた。
「どうしたの」
「う、うん」
かおりの表情はさらに曇る。
「私小さい時からずっとバレーをやってたの」
「バレー?」
「うん、小さい時から背が高かったから、少女バレーの監督をやってた近所のおばちゃんに、「やらない?」って言われて、そのまま半強制的に連れてかれて・・」
「へぇ、そうなんだ。でも、そうだよね。バレーの方が自然な感じがするよね」
「でも、やってみるとバレーはすごくおもしろかったし、身長もいかせるし、背が高かったから直ぐにエースになったし、友だちもたくさん出来たし、楽しかったんだ」
「へえ、でも、それが何でサッカーなの?」
繭にはそこが全く繋がらず、首を傾げた。
「高校に入ったら、バレー部がなかったの」
「えっ!」
「普通あるじゃない。どこの学校も。しかも私の進学した高校はスポーツでも有名な私立の高校だったから当然あると思ってたのよ」
「・・・、そしたらなかったと・・・」
「そう、最初嘘だと思って・・・、でも、体育館にいったら本当になかったの」
「・・・」
「男子バレー部はあったのよ。でも、なぜか女子バレー部だけないの」
「そんな学校もあるんだね」
「うん」
「それで、サッカーに?でもなんでサッカーなの?」
「私のクラスの担任が女子サッカー部の顧問だったの。それで、「やらない?」って誘われて、お前は背が高いからサッカーに向いているとかなんとか言われて、そのまま半強制的に連れてかれて・・・」
「ああ、なるほど、そういうことだったのか」
「それで、そのまま半ば強引に・・・、サッカー部に・・・」
「そうだったんだ。でも、女子バレー部がなくて、女子サッカー部がある学校の方が珍しいよね」
「そう、本当に、私馬鹿だわ。バレー部があるか確かめないなんて」
かおりはうつむき悲しげに頭を抱えた。
「そんなことないよ。そのおかげでこうして、かおりちゃんと会えたんだし」
繭は慌てて慰めた。
「そうよ、それに今は私サッカーを愛しているわ」
かおりは直ぐに顔を上げた。
「そ、そうなんだ」
繭はかおりの切り替えの早い前向きな性格をすごいと思った。
「私なんだかサッカーの方が才能があるみたいなの。ヘディングは苦手だけど、ボールに合わせるのがすごく上手いってよく褒められるし、ゴールを決めた時の快感がもう病みつきなの。繭ちゃんもサッカー好きでしょ」
かおりは繭を見た。
「う、う~ん」
繭は返事に困った。本当は高校卒業と同時に、繭はもうサッカーをやめようと思っていた。
「一緒にがんばろうね。私、同い年の仲間が出来てうれしい。私一人だったら、すごく心細かったもん」
「うん」
そう答えた繭だったが、心の中にはまだすっきりと晴れないものがあった。
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