第28話 そういえば
「なんか早くに目が覚めちゃったな」
繭が目を覚ますと、まだカーテンをつける暇さえなく、ガラスがむき出しのままの窓の外は薄暗かった。
「・・・」
繭はゆっくりと薄暗い部屋の中を見回した。焼き肉の後、飲みに行き、そして、気づけばやはり宮間と野田たち三人は、なぜか繭の部屋で寝ていた。
「なぜ、私の部屋に・・」
やはり、繭には記憶がなかった。いつものようにあかねのカウンターに座り、目の前にビールが出て来たとこまでは覚えていた。
「宮間さんが隣りにいて・・・」
が、やはりその先は真っ暗だった。
「・・・」
しばらく考えた後、繭は、外へ散歩へ行くことにした。部屋には宮間たちがいるし、それにまだ、銀月荘の庭はよく見ていない。
「結構広いな」
銀月荘の庭は思ったよりもかなり広かった。銀月荘の裏側に回るとそこは庭というよりも、広い森林公園のようだった。
「すごいなぁ」
その庭にはいつから立っているのか、巨木が並んでいる。まだ肌寒い空気の中、それを繭は見上げる。
「あっ、鳥だ」
そこへ名前は分からないがきれいなオレンジ色をした野鳥がやって来て、ピピッ、と鳴きながら枝から枝へと移動してゆく。
「あっ、こっちにも」
別の枝には、薄ピンクのお腹をした太った野鳥が、枝にとまっていた。銀月荘の庭は、自然が溢れていた。
「う~ん、空気もおいしいな」
繭は思いっきり伸びをし、空気を吸い込んだ。
繭は再び庭の更に奥へと歩き出した。自然豊かでありながら、誰がしているのか銀月荘の庭は、ちゃんと手入れされているところはしっかりと手入れされていた。
「あっ」
庭の更に奥までゆくと、その奥に裏山に伸びる山道の入り口があった。
「・・・」
金城町は、南は海に面し、北は東西に延びる地元でろくろく山と呼ばれる山が鎮座していた。銀月荘の庭は、そのろくろく山の登山口と繋がっていた。
「この先はどうなっているんだろう」
繭は、山道の入り口から奥を覗き込む。まだ奥は暗く、なんだか不気味だった。
「・・・」
なんだか山奥まで行ってしまいそうで、繭はそれ以上は進まなかった。でも、いつか時間がある時、この先を散策してみようと思った。
「おはよう」
繭が、銀月荘の前まで戻って来た時だった。突然声がして繭が振り向くと、それはたかしだった。
「繭ちゃん、早いねぇ」
たかしが相変わらず、底抜けにその人の良い笑顔を繭に向ける。
「いえ、たまたま目が覚めてしまって・・」
「ところで繭ちゃん、今度の日曜日の試合は出れるかな」
「えっ」
「選手登録ができたから、今度の日曜日の試合から出られるんだ」
「そうか」
自分は、今社会人のチームにいるのだ。繭はそのことに改めて気付き、少し緊張が走るのを感じた。大人の世界は、代表で少し経験したが、やはり、本格的にとなると、まだ未知の世界だった。
「はい、大丈夫です」
繭ははっきりと決意を込めるように言った。事情はどうあれ、ここでやっていく以上、繭はそれにしっかりと向き合おうと思った。
「そうか。良かった。じゃあ、先輩に伝えておくよ」
監督のはずのたかしは、すでに熊田の完全な助手になっていた。
「じゃあまた、練習でね」
「はい」
そう言ってたかしは、こんな早朝に何しに銀月荘へ来たのかもよく分からないまま、手を振りながらすぐに去って行った。
「そうかぁ。今度の日曜日、遂に試合なんだね」
かおりが感慨深げに言った。学校が終わり、帰って来た繭とかおりは、銀月荘から歩いて十分ほどの練習場に向かって二人並んで歩いていた。二人は今日から本格的に練習にも参加することになっていた。
「なんか大人の試合って考えると、なんか緊張しちゃうね」
かおりが繭を見下ろす。
「うん」
繭は、かおりも同じ気持ちなのだと少し安心した。
「でも、試合に出られるかなぁ」
かおりが心配そうに言う。
「かおりちゃんなら大丈夫だよ」
「そうかなぁ。でも、繭ちゃんは大丈夫だよね。絶対先発だよ。この前ちょっと球さばき見たけど、すごかったもん。うまいし、器用だし、バランスがいいし、やっぱ違うなってびっくりしちゃった」
「そ、そんな」
繭はあまりにかおりが真剣に褒めるので照れてしまった。
「・・・」
だが、その後、繭は突然、首を傾げ黙った。
「どうしたの?繭ちゃん」
「・・、私、ふと思ったんだけど」
「うん」
「うちのチームって人数ぎりぎりだよね」
「あっ、そうだ!」
かおりが大きな声を出し、目を見開く。
「柴さんがいて・・、宮間さん・・、野田さん・・、確か十一人丁度だったような・・、それで私たち二人が入ったから・・」
かおりが、思い出しながら数を数える。
「それでも、ベンチが二人だよ。一人足りない」
繭がかおりを見上げる。
「うん・・」
かおりはしばらく言葉がなかった。
「前はどうしてたんだろう」
繭が呟く。
「交代枠なしってことだよね・・」
「うん」
「・・・」
「・・・」
二人はその事実に、沈黙した。やはりこのチームは、二人の常識を超えた規格外のチームであるらしい。
「でも、じゃあ、とりあえず試合には出られそうだね・・」
かおりが、何とかポジティブに受け止めようと明るく言った。
「う、うん・・」
それに繭が困惑しながら答える。
「・・・」
「・・・」
二人は嬉しいのか、困ったのかなんなのかよく分からないまま、とりあえず練習場に向かった。
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