第41話 次の日曜日

 分厚い畳はなかなか乾かなかった。

「なかなか乾かないですね。もう一週間ですよ」

 繭は、銀月荘の玄関前に干してある畳を覗き込んだ。

「今日で乾くんじゃねぇか」

 野田がめんどくさそうに答える。

「ほんとですか」

「ああ、大丈夫だろ。今日は快晴だし、真夏日とか言ってたから」

 繭は空を見上げた。確かに快晴、朝から気温もぐんぐん上がっている。

「さっ、行こうぜ」

「はい」

 銀月荘の玄関前に集まった、野田、仲田、志穂、繭、かおり、めぐみ、のり子、大黒、という寮のメンバーは、電車で試合会場まで行くため、ぞろぞろと連れだって駅まで歩きだした。今日は日曜日。前回の試合からちょうど一週間。間を置かず、また試合のある日だった。

「あれっ、大黒さんって寮の人だったんですか!」

 繭がメンバーの中に大黒の姿を見つけ驚いた。

「そうだよ」

 野田が答える。

「初めて気づいた・・💧 」

 繭が銀月荘に来てから一か月近くが経とうとしていた。

「あいつは存在感無いからな」

「無いにもほどが・・」

 繭が呟く。大黒は相変わらず何を考えているのか、その病的な色白な顔に微塵も感情を表さず、無表情のままメンバーの最後尾について気配無く歩いていた。

「歩いて行くには駅までちょっと遠いですね」

 駅までの長い下り坂を歩きながら繭が野田に言った。駅まではこの下り坂を下り三十分以上かかる。

「しょうがねぇだろ金ねぇんだから」

 野田が答える。

「バスに乗れば十分ですよ。遠征費って出ないんですか」

「そんなの出ない出ない」

 野田が首を振る。

「出るわけないね」 

 その横の仲田も続いた。

「バス代ぐらい」

「そんな甘くないね。女子サッカーは」

 野田が言った。

「はあ」

「ユニホーム支給してくれるだけでありがたいって世界だからな」

 仲田が言う。

「ユニホームだって自腹のとこがほとんどだぜ」

 野田が言う。

「そうなんですか」

「ああ、女子サッカーなんてそんなもんだぜ。しかも、うちは弱小チームだしな」

 野田が続ける。

「そうそう、一部所属の実業団のチームだって、みんなバイトしてるっていうぜ」

 仲田が続く。

「・・・」

「それに引き換え男子は盛り上がってるよな」

 野田が言った。

「そうそう」

 仲田が頷く。

「Jリーグできたもんな」

「世の中は今サッカーブームだよ」

「それに引き換え・・」

 野田が、肩をすくめる。

「サッカーブームはどこだよ」

 野田が続けて嘆くように言った。

「あたしたちだって同じサッカーしてんのにな」

 仲田が言う。

「あたしたち全然関係ねぇし」

 野田も言う。

「そうですね・・」

 繭も呟く。確かにそうだった。繭もJリーグが開幕した時には女子サッカーも少しは脚光を浴びるのかと思っていたが、Jリーグ開幕前となんら変わらず、寸分の変化もない。

「少しはあやかりたいけど、まったく別の世界って感じだもんな」

「そうそう。異世界だよ」

「日陰だね」

「思いっきり日陰だな」

「そこまで言わなくても・・💧 」

 しかし、実際そうなのかなと、繭は思った。自分が出た女子高校サッカー大会で家族以外の応援など見たことがなかった。決勝でさえもがそうだった。サッカーに女子部があること自体を驚かれたこともある。

「ところで宮間さんは一緒に行かないんですか」

「ああ」

 野田が答える。

「どうしてですか」

「さあ、あの人は我が道を行くって人だから。よく分からん」

「そうそう、一緒に行ったりって時もあるけど、どうやって来るのか分らんけど、大体一人でひょこってやって来るんだ。どこからともなく。Going My Wayだよ。あの人は」

 仲田が言う。

「そうなんですか・・」

 天気だけはすこぶる良い青空の下、寮のメンバーは列をなし駅までの道をてくてくと歩いて行った。

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