第43話 試合前
「確かに強そうですね」
ユニホームに着替え終わり繭たちが試合会場のグラウンドに入ると、確かに屈強そうな面構えのメンバーがすでにグラウンドに広がりボールを蹴っていた。みんな表情は引き締まり、顔は日に焼けて真っ黒だった。
「練習しまくってるって感じだな」
野田が少し緊張気味言った。
「ああ」
仲田が答える。
「でも、練習量ならうちだって」
繭が言う。
「あいつの無茶苦茶な練習なんて練習じゃねぇよ」
「ほんとほんと、疲れるだけ」
その場にいた全員が頷いた。
「さっ、うちらも始めようぜ」
宮間が掛け声を上げると、メンバーは銘々散らばりアップを始めた。
「あれっ、大黒さんがいない」
ストレッチをしていた繭がふと気づいて辺りを見まわす。気付くと大黒の姿はまた忽然と消えていた。
「さっきまでいたのになぁ」
繭はピッチの中を見渡す。
「大丈夫、あいつはほっといてもそのうち出てくるから」
野田が落ち着いた様子で言った。
「えっ」
「よく消えるんだよ。あいつは」
仲田も落ち着いている。
「・・・」
「でも、また気付くといるから。大丈夫。気にするな」
「どんな存在なんですか・・💧 」
試合前からすでに消えているのか・・。繭は改めて大黒の存在に困惑した。
「あっ、そういえば麗子さんがまだですね」
寮以外の選手も銘々グランドに現れ揃っていたが、麗子の姿だけが見えない。
すると、一台の黒塗りの高級セダンがものすごいスピードでグラウンドのすぐ脇まで乗り入れて来て止まった。
「まさか・・」
繭が呟くと同時に、その高級車の後部座席のドアが開いた。中から出てきたのは、そのまさかだった。
「あらっ、みなさん早いのね」
「お前が遅いんだ」
宮間が突っ込む。
「輝くヒロインは遅れて現れるのよ」
そう言って、麗子はその長い金色のきれいにカールさせた髪をさらりと右手で広げるように撫でた。
「お前、権蔵に似てきたな・・」
宮間が呟く。宮間は熊田のことを権蔵と呼んでいた。
「まあ」
その言葉に麗子はむくれた。
「一緒にしないでもらえますこと。私はあんな野蛮人ではありませんわ」
「ん?誰が野蛮人なんじゃ?」
そこに当の熊田が麗子の後ろに現れた。
「きゃー」
麗子は突然現れた熊田にびっくりして思わず叫んだ。
「何をさわいじゅうんじゃ」
熊田は眉をしかめ、そんな麗子を見下ろす。
「い、いえ、なんでもありません・・」
麗子は、急いでその場から離れて、公民館の方へ走り去った。
「なんじゃ。あいつは?」
そんな麗子の後姿を熊田が首を傾げ見つめた。
「まったくあいつは、動きも鈍い、頭も鈍い。来るのも遅い。ほんとどうしようもねぇな」
宮間も一人呟くようにその背中に毒づいた。
「今日も勝つぞ」
熊田が怒鳴るように叫ぶ。
「わしらに負けはない」
一人気合の入った熊田の言葉だったが、しかし、ベンチ前で円陣を組んだ金城のメンバーの表情に勝てる、という感じは微塵もなかった。選手たちは完全に負け慣れし、それが深いところまで染みついてしまっていた。
ピッチに入り、試合前の選手同士整列して対面する場面でも、対戦相手のやる気みなぎる表情とは対照的に、明らかに金城町の方は負け組のオーラがほとばしっていた。
そんな光景を、ベンチ前で仁王立ちした熊田が真剣な表情で見つめていた。
「試合は弱い方が負けるんやない」
「えっ」
今日もベンチスタートの繭は、選手をピッチに送り出して、丁度ベンチに戻って来たところだった。
「ビビった方が負けるんじゃ」
熊田は誰に言うともなく呟いた。
「・・・」
そんな熊田を繭は黙って見上げた。
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