第36話 選手それぞれ得意不得意
スカッ
絶好調のかおりだったが、しかし、やはりヘディングは全くダメだった。
「かすりもしない・・💧 」
ちょっと高めのクロスを上げた繭は茫然とそんなかおりを見つめた。圧倒的高さとバレーで鍛えた超人的な跳躍力を持ち、打点の高さで言えば隣り町の選手など、ほぼ子供同然だった。しかし、サイドから、いくら繭、野田や仲田が絶妙のクロスを入れてもその頭に合うことはなかった。
「なんでそこまで合わないんだよ」
野田が怒鳴る。あまりに当たらないので、はたから見たらなんだかわざとやっているようにすら見えた。
「お前わざとやってないか」
直ぐ近くにいた仲田がかおりを見上げ怒る。
「い、いえ、思いっきり本気です」
かおりが必死で弁解する。
「お前、今ボール三個分はずれてたぞ」
「は、はい・・」
「いくら何でもずれ過ぎだろう」
「は、はあ」
しかし、そのあまりのずれっぷりには、当のかおりが一番困惑している。
「まったく違う空間で頭振ってたぞ」
「まあまあ、かおりちゃんは点は取ってるわけですし」
繭が近づき、二人の間に入った。
「それにしてもひど過ぎるだろう」
野田もやって来た。
「でも、高校の時に比べたらだいぶ近づいてる気はするんですけど・・」
かおりが首を傾げる。
「全然、近づいてない」
野田と仲田が同時に叫んだ。
「そうですか・・」
かおりがその場にうなだれた。
「高校の時はどんだけずれてたんだ・・💧 」
繭が呟いた。
試合は後半の後半に入り、停滞し始めていた。相手はもはや完全に自陣に引いたドン引き状態。一方、金城町の選手たちは攻め疲れと責めのワンパターン化で動きが鈍くなっていた。その中で相変わらず、動きが軽快なのは宮間だけだった。
金城町はペナルティリアの外ではボールを持てていた。しかし、前線の繭のところにはなかなかボールが来ない。繭も色々動きを変えたりポジションを変えたりはするのだが、やはり人が多く、なかなかパスが通らない。
「あっ」
すると、どこからともなくするどいパスが繭の足元に入った。繭の利き足にピタッと収まる絶妙のコントロールパスだった。しかも、相手が自陣にドン引き状態で相手選手がひしめき、スペースなど殆どないペナルティエリア内での状況でであった。正に針の穴に糸を通すパスだった。
繭が驚いてパスの出所を見た。
「あっ、大黒さん・・、とか言ったっけ・・?」
そこには黒いおかっぱ頭で病的に色の白い顔をした大黒が立っていた。
「確か、柴さんがパスがうまいとかって言ってたような」
確かにパスはうまかった。
「でも、今までどこに・・💧 」
大黒は存在感がなく試合中、完全に消えていた。繭はこの日、初めて大黒を見た気がした。
「ふっ、ふっ、ふっ」
繭が驚いて見つめる中、大黒は一人不敵に笑っている。
「なんか独特のキャラだな・・💧 」
その後も、繭の動きに合わせて絶妙なパスが敵の囲みの外から入ってくる。それらはすべて大黒からだった。
「見ていないようでしっかり見ている・・」
繭はそれをはっきりと感じた。大黒はどこか自分の世界に入っているような独特の雰囲気を醸し、全く周囲が見えていない自閉的な感じがする。
「でも、ちゃんと見えてるんだ」
そのパスの精度とタイミングは、繭の動き出しや欲しいタイミングと完璧にミリ単位で合わせられていた。しかも、ストレートパスから、浮き球、変化をつけたパスと、多彩な種類を持っている。
「どこで見ているんだ・・」
大黒はどこを見ているのか分からない顔の向きと目をしていた。
「あっ」
しかし、よく見ると、大黒のその糸のように細い目の奥が右に左に油断なく動いている。それはあまりに細く、そして、鋭い動きなので周囲からはよく見えなかった。味方にすら分からないその視線と顔の向きが、大黒の視線を特定し難くさせ、相手側からすればパスコースを読み難くしていた。
「なんか、すごい人なのかも」
更に、試合中存在感がないので、敵からも消え、パスの受け手、出し手としては最高でもあった。
「天才・・」
繭は今までこれほどの精度の高いパスを受けたことがなかった。
「ほんとにすごい人なのかも」
大黒の無表情な顔にその細い目の奥だけが、どこを見ているのか、やはり間断なく素早く左右に動いている。
「大黒さん、パスありがとうございます。すごいですね」
繭は、ボールがタッチラインにきれた時に、大黒に近寄って行って話しかけた。
「ふっ、ふっ、ふっ」
しかし、大黒は一人どこを見ているのかやはり不敵に笑うだけだった。
「な、なんか絡みづらい人だな・・💧 」
やはり、大黒は見た目通り、かなり独特なキャラだった。
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