第38話 祝勝会
「いや~、勝った。勝った」
宮間がビール片手に満面の笑みを浮かべる。
「久々の大勝だったな」
「そうですね。完璧な勝利でしたね」
隣りの野田も、笑顔で相槌を打つ。
「よしっ、カンパ~イ」
「カンパ~イ」
コップを持ったたくさんの手が同時に高々と上がり、金城町の選手たちの歓喜の叫びが空間いっぱいに響いた。
「いや~、うまい。試合に勝った後の酒は本当にうまいなぁ」
宮間はもうたまらんといった満面の笑みでうねった。
「なあ」
宮間が隣りで一人浮かない顔の繭の肩を叩く。
「っていうかなんで私の部屋なんですか」
繭は叫んだ。祝勝会が開かれていたのは繭の部屋だった。
「なんでって、なあ」
宮間が隣りの野田を見る。
「なあ」
野田が仲田を見る。
「なあ」
仲田が志穂を見る。
「えっ、ええ?」
志穂は自分に振られて困った顔をして慌てた。
繭の六畳の狭い部屋に、選手全員と監督のたかしと信子さんがぎゅうぎゅう詰めで集まっていた。
「狭い部屋ね」
麗子が部屋の隅で一人文句を言っている。
「熊田コーチも来ればよかったのにね」
信子さんが隣りのたかしを見る。
「うん、でも先輩は今日の試合は勝ったうちに入らんって言って、一人でどこかへ飲みに行っちゃったよ」
「そうなんですか」
「あれで先輩は完璧主義なとこがあるからね」
そう言って、一人酒の飲めないたかしは、ずずずっと信子さんの淹れた緑茶をすすった。
「なんで私の部屋で祝勝会なんですか」
繭が叫ぶ。
「なんでって、なぁ」
宮間がまた野田を見る。
「なあ」
野田が仲田を見る。
「なあ」
仲田が志穂を見る。
「えっええ?」
再び志穂は慌てて仲田を見返す。
「だってなあ。あかねが他の予約入ってるっていうから」
仲田が答える。
「なんであかねがダメだと私の部屋なんですか」
繭が叫ぶ。
「それはなぁ」
今度は仲田が野田を見る。
「なあ、今日はお前が主人公でもあるわけだし」
野田が繭を見る。
「なんで私が主人・・、あっ!そう言えば私の荷物・・」
「ああ、それは大丈夫」
「えっ」
繭が野田を見る。
「全部廊下に出しといたから」
野田が、自信満々に落ち着き払って言った。
「なんで私の荷物廊下に出すんですか」
「なんでってなぁ」
また野田が仲田を見る。
「なあ」
仲田が志穂を見る。
「えっ!」
志穂はまた慌てる。
繭はぎゅうぎゅう詰めの人の隙間を掻き分け、慌てて廊下に出た。
「あっ」
確かに全ての荷物が廊下に積み上がっている。
「うううっ、いつの間に・・」
繭は、その仕事の素早さに感心しながらも、その光景に一人茫然とした。
「まったくこういう時だけ仕事が早いだから・・、わああ、ちょっと、何やってんですか」
繭がぶつぶつと文句を言いながら再び部屋に入ると、宮間たちが繭の部屋でビールかけを盛大にやらかしていた。
「何やってんですか」
「見りゃわかるだろ。ビールかけだよ」
「なんで人の部屋でビールかけなんですか」
「そりゃ、勝ったからだよ」
「そうだよ」
隣りの野田も続く。
「わあ、わあ、やめて下さい。ちょっと、思いっきり畳に沁み込んでるじゃないですか」「大丈夫、ビールは商店街からの差し入れだから」
「そういう問題じゃないです」
「ちょっと、ビールがかかるじゃない」
繭が叫んだちょうどその時、部屋の隅から麗子が立ち上がりキレた。
「当たり前だ。かけてんだから」
そう言って、宮間は笑いながら、わざとそんな麗子にビールを思いっきりかけた。
「ぎゃあー、何すんのよ」
麗子は、ブチギレた。そして近くのビール瓶を掴むと、思いっきり振り、宮間に向けた。
「うをぉ~」
それが宮間の顔面に勢いよくかかった。
「へへへっ、やるじゃねぇか」
しかし、宮間は楽しそうだった。
「よし、じゃんじゃん持ってこい」
宮間が野田に左手を差し出すと、野田がそれに素早くビール瓶を渡す。
「おら~、食らえ」
そしてそれを思いっきり振ると、麗子に向けた。
「ぎゃあ~」
それは思いっきり麗子の顔面を直撃した。それに調子に乗り、野田や仲田も他の選手たちに向かってビールをかけまくる。
「ぎゃあ~、やめて~」
もう、狭い部屋の中は阿鼻叫喚、大パニックだった。
「何をやってるのかねぇ」
その時、下の階では、一人連続テレビ小説の再放送を見ていた金さんが喧騒が響く天井を見上げて呟いていた。
「やってくれたわねぇ」
部屋中大パニックの中、麗子が更にブチギレ、反撃しようと鬼の形相で宮間たちに迫った。
「あっ」
だが、その時、一歩踏み出した麗子は濡れた畳の目に沿って思いっきり足を滑らせひっくり返った。
そこにすかさず、宮間をはじめ野田たちがビールをかけまくる。
「ぎゃー、やめてぇ~」
麗子が叫ぶ。
「やめてぇ~」
繭も叫ぶ。繭の部屋は、ビールと叫び声と、人の群れでもうしっちゃかめっちゃかだった。
「わあ~、もう、やめて下さい。やめてぇ。やめてぇ~」
そんな中で繭は必死で叫ぶが、もはや、繭の声など全く届く状況ではなかった。
「監督、何とかしてください。かんとくぅ~」
繭は近くを彷徨っていたたかしにしがみつくが、たかしは部屋に充満したビールの匂いだけで酔っ払い、ふらふらになっていた。
「まっ、いいから、お前も飲め。飲めばすべて解決だ」
宮間がビール瓶を繭に差し出す。
「えっ、今日は、明日大学なんで、あのっ・・」
繭はまた記憶が無くなるのを恐れ、今日は酒を飲まないと決めていた。
「いいから、まあ飲め」
宮間はビール瓶の口を繭の口に突っ込んだ。
「うぐっ」
その勢いで繭は思わず飲んでしまった。
「あっ、あああ―――」
「はっ」
繭が起きると、部屋は真っ暗で、宮間と野田、仲田、志穂の取り巻きの三人が繭の上に覆いかぶさるように雑魚寝していた。他の選手たちは帰ったらしい。
「・・・」
繭はやはり記憶がなかった。
「また、やってしまった・・」
汚れ切ったビール臭い部屋で、繭は言い知れぬ自己嫌悪で頭を抱えた。
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