第17話 マーガレットのつぶやき2 その五



 翌日になると、ますます、はるかさんは元気がなくなっていた。粉だった部分が葉っぱにしみこんだように白い斑点になっている。


 それでも、人間かーくんは気にしたようふがない。そもそも、はるかさんは買われてきたとき、下のほうの葉っぱが何枚も枯れていた。その延長線上だと思っているようだ。


「蘭さん。また大きくなったね。縞柄は水、大丈夫かな? うーん……はるかは元気がない。まだ根づかないのかなぁ。たけるぅー、可愛いねぇ。あっ、ツボミ出てきたよぉ。がんばるねぇ」と、この調子だ。


 ボクはそんな人間かーくんの気をひこうと、必死に訴えた。


「人間かーくん。はるかさん、なんか変なんだよ。病気かもしんない。ねえ、ちょっと見てあげてよ」

「かーくんも大きくなったねぇ。かーくんの葉っぱのさわり心地、好きだよー」

「いや、だから、モフモフしてくれるのは嬉しいんだけどさ」


 モフモフ。モフモフ。モフモフモフ……ああ、幸せ。ハッ、いかん。愛情にひたってる場合じゃないんだ。


「ねえねえ、見て! はるかさんの白い粉! たけるみたいにふいてよ」


 ボクの声がかたわけじゃないだろうけど、人間かーくんは気づいた。勘はいいからね。


「……あれ? はるかも粉ふいてる? もしかして、このせいで元気ないのかな」


 人間かーくんは、たけるにやってるように指でふこうとした。ところがだ!


「イターイ! 痛いよ。この子。葉っぱにまでトゲがある。ダメ。ムリ。ふけない」


 あっ、ちょっと、あきらめないで。お願いッ。


 人間かーくんはあきらめた……。


 数日後。


「ああッ、はるか。葉っぱ、枯れてる! こっちも、こっちも黄色くなってるよ」


 朝からさわぎだす人間かーくん。

 ボクはとびおきた。いちおう、植物も夜は寝てるんで。

 ああッ、ほんとだ。はるかさんの葉っぱが黄色い。この前、斑点になってたところだ。


「しょうがないなぁ。切ってしまうか。こうなると絶対、枯れるからね」


 もう。人間かーくんはなんでもかんでも切っちゃうんだから。前にボクが枯れかけたときにも切ったよね。


「人間かーくん。だから、ボク言ったじゃないか。はるかさんのようすが変だって」


 ボクはぼやいたが、人間かーくんは気にしたようすがない。


「この子は痛いからなぁ。なんか、イマイチ、可愛くないんだよねぇ」


 それでか。人間かーくんの愛情が薄い。

 葉っぱを切られたあと、はるかさんは、じっと何かに耐えるように動かない。


「はるかさん。まだ、つらいの?」


 キク科は黙っててと言われるかと思ったけど、聞かずにはいられない。


「やっぱり、本格的に病気なんじゃないの?」

「……かーくん。なんで、わたしのこと、そんなに心配してくれるの?」


 あれっ。今日は反応が違う。


「えっ、なんでって、そりゃ心配するよ」

「わたし、嫌われるようなこと、いっぱい言ったじゃない」

「そんなの気にすることないよ。誰にだって失敗はあるんだから。今から友達になろうよ」


 はるかさんは長いことボクを見つめていた。


「……ありがと」


 ぼそっと言ったあと、はるかさんは目をとじた。


 今の「ありがとう」には、なんだか恋の予感のような響きがあった。ど、どうしよう。やっぱり、かーくんが好きとか言われちゃうかな。わくわく。ドキドキ。いや、喜ぶのは、まだ早い。まずは、はるかさんに元気になってもらわないとね。どうか、はるかさんの病気が早くよくなりますように。


 けんめいにボクは祈った。けれど……。


 いつものようにボクらをチェックしていた人間かーくんが、いつものとは違う鋭い声を出した。


「は——はるかに虫がついてる!」


 えッ? 虫?


「ギャーっ。なにコレ? この黄色い葉っぱ、もしかして虫のせい? ああッ、葉っぱの裏、まっくろな変なものついてる。ダニ? アブラムシ? キモイよ」


 ギャアギャア言ってた人間かーくん、そこで急にハッとした。


「大変だ。ほかの子に伝染うつっちゃう!」


 はるかさんは玄関に隔離されてしまった。


「はるかさん……大丈夫かな? 大丈夫だよね? きっと治るよね?」


 ボクはたけるや蘭さんにたずねてみた。が、二人は暗い目をして答えてくれない。不吉な空気が家中に充満していた。ときおり、ボクは大声で問いかけてみた。


「はるかさーん! 聞こえる? ぐあいどう?」


 返事はなかった。

 かすかな、うめき声のようなものが聞こえるだけだ。


 人間かーくんは、はるかさんの葉っぱを切る方法で対処していたが、まともな葉っぱがなくなったところで、サジをなげた。


 数日後、はるかさんは縁側に帰ることなく、息をひきとった。


「残念だけど、しょうがないね……」


 ズルッと鉢からぬかれてビニール袋に入れられる、はるかさんを、ボクは縁側から見送った。あんなに簡単にぬけるなんて、根っこがぜんぜん、ついてないじゃないか。


「はるかさん……」


 彼女は死んでしまった。

 まだ、ほとんど話したこともなかったのに。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る