第17話 マーガレットのつぶやき2 その三


「ゴメンね。たける。根っこ傷ついちゃったね。でも、ガンバレ! たける。君は強い子だ。絶対、今度も根づくよ」


 人間かーくん、たけるを励ましてるけど、以前、十日で三回もたけるを植えかえるという恐ろしいことをしたのは、あなたですよね?

 反省の色が感じられない……。


 そりゃまあ、たけるはタフだけど、でも今回は根っこ、ちぎられてるからなぁ。たいていの植物は根鉢くずさずに植えかえるのが基本なんだよ。

 くずしていいのは、蘭とかの一部の花だけ。


 その蘭さんは、翌朝、すでに元気だった。


「ああっ、カルイよ! 根っこが軽い! なんにもからみつかれてない、この爽快感! 僕は生まれ変わったんだ」


 遠く縁側のすみっこからでも届くほど、生き生きした蘭さんの声。


「あれっ、蘭さん。なんだか元気だねえ。ピンピンしてるね。ほんとは二、三日は日陰なんだけど……蘭さんはもういいかな」


 人間かーくんにつれられて、すぐさま、いつもの場所に復帰。


「かーくん! 見てください。僕、スッキリしたでしょ?」


 ご機嫌の蘭さんを見て、ボクは「あッ」と驚愕の声を発した。


「ら、蘭さん」

「え? 何?」

「蘭さん、株が……」

「株?」

「株が、ふ……二つだよ?」


 しれっと蘭さんは言う。


「ええ。それが何か?」


 な、なんとぉ! 蘭さんも二重花格だったァーッ。


 驚きのあまり硬直するボクの前で、例のクスクス笑いが……。


「今ごろ気づいたのかよ。バーカ。遅いんだよ」


 ちょ、ちょっと待って。もしかして、今までストーカー(雑草)だと思ってた、クスクス笑いの正体って……。


「かーくん。知らなかったんですか? 僕たち、ずっと二人でしたよ。ねえ、さん?」

「さんは、おまえだ。僕が蘭」

「蘭は僕ですよ。僕のほうが上品で、蘭らしい」

「おまえは猫かぶってるだけじゃないか。本性はおまえも僕と同じだ」

「怒らないで。綺麗な“さん”。ボクはキミ。キミはボクだよ」


 ああ……蘭さんも二重花格だったか。

 どおりで優美さにまぎれての、あの暴言の数々。変だと思ってたよ。


 その後、またたくまに蘭さん(どっちが“蘭”で、どっちが“さん”か、ボクにはわからない)は回復した。新芽もグングン伸びた。

 やっぱり、これまでの抑圧の反動か。

 それにしても、たけると雑草が心配だ。


 数日後、たけるが戻ってきた。

 グッタリして、心なしか葉っぱも垂れた、たける一と二。


「たけるぅ。大丈夫?」


 ボクが声をかけると、どうにか答えが返ってきた。


「ああ……なんとか。生きてる」

「元気だしてよぉ。たけるはタフなんだろ?」

「まあな。このぐらいで死にはしないよ。ちょっと……疲れただけだ」


 なんだかなぁ。

 全身ギブスと包帯でミイラみたいになって、病室のベッドによこたわる人間みたい。


 しかし、たけるはまだいい。

 さらに二日ばかり遅れて集中治療室(縁側すみっこ)から帰ってきた縞柄と雑草のようすは、ボクを愕然とさせた。


 これが、あの傍若無人に生い茂っていた雑草か?

 死にかけてるじゃないか。

 赤紫の三つ葉は全部、だらんと鉢のふちから垂れさがり、枯れかけている。


「おーい、三つ葉さん(いちおう本人に対して雑草とは呼べない)。大丈夫ですか?」


 大丈夫じゃなかった。

 ノーコメントだ。


「そんなやつ、ほっとけばいいんですよ。このまま枯れちゃえば、清々するじゃないですか」


 蘭さん、気持ちはわかるけど、冷たいなぁ。

 毎日、自分たち二人で喋って歌って、他人の入る余地がない。


 それでも、たけるはぼちぼち回復してきた。もともとタフなやつだしねぇ。


「……今度ばかりは死ぬかと思ったよ。人間かーくん、乱暴なんだもんなぁ。あーあ、こんなデッカイ鉢に、おれ一人か。るうと遠くなっちまった——るう。根っこ、ついたか?」

「うん。ついた。でも、まだ粉ふいてる」

「あ、粉は、おれも。なんだろなぁ、これ。こいつのせいで、なんか、かったるい」

「光合成、やりにくいしね。人間かーくんがふいてくれるから、まあいいけど」


 たけるたちが、そんなふうに話していたころだ。その子がやってきたのは。


 ボクらで自信をつけた人間かーくんが、満を持して買ってきたのが、新しいミニバラだ。

 同じミニバラでも、たけるは花が三センチくらいの標準サイズだが、その子の花は一センチほどの、ほんとのミニミニバラ。


 白い花の中心がほんのりピンクのとこが、ボクの花とそっくり……かっ、可愛い! なんて可憐なんだ。

 これは、もしや、ひとめぼれってやつですか?


 彼女(ボクら性別ないけどね)はバラ科、ボクはキク科だけど、そんなことはどうでもいい。恋に品種はかんけいかないのだ。


 ああ、早く話したい。お近づきになりたい。

 けど、最初は植えかえ終わっても、とうぶん集中治療室なんだよなぁ。


 ウズウズしながら植えかえを見守ってたけど、今回はいつもと違うなぁ。悲鳴をあげてるのは、人間かーくんのほうだ。


「痛いッ。この子、すごいトゲ! ブスブス刺さる」


 トゲ? まあ、バラだからね。


 ボクはたけるに聞いてみた。

「たけるはトゲあるの?」

「あるよ。でも、あんまり尖らせてない。人間かーくんに悪いだろ」


 そうなんだ。意外に気づかいのやつ。


「なんなの? かーくん。あの子、気になるのか?」

「えッ? そんなんじゃ……ないわけじゃないような。ていうか、ナイショ」


 たけるはニヤニヤ笑ってる。


「あの子はやめといたほうがいいんじゃないかな」

「なんで?」

「トゲのするどいバラは、キッツイぞ」

「え? そうなの?」


 だからって、この芽生えかけた恋心をどうしろと?


「ま、いいけどな。おれは根っこついたから、新しい花、咲かせないと」


 あいかわらず、がんばりやだなぁ、たける。

 ボクは上の空だ。

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