第17話 マーガレットのつぶやき2 その二


 蘭さんは喜びいさんだ。


「もしかして、こいつらと離してくれるの? 嬉しいッ。これで僕は自由だ! もう根っこからまれたり、頭から花ガラ浴びせられたり、気味の悪い思いしなくてすむんだ」


 もちろん、雑草は泣きわめいた。


「いやだ……蘭といたい。蘭といたいんだ。お願いだあッ。蘭と引き離さないで!」


 縞柄は……何も言わないなぁ。

 ちなみに、この縞柄、オリヅルランだった。思いだした。ランって名前だけど、それはフェイク。ほんとはユリ科だ。ひと筋縄ではいかないヤツ……。


「ああ、もう! ドサクサまぎれに汚い葉っぱ、しなだれかからせてくるんじゃない。おまえらなんか、根っこ、ちぎられて枯れちまえばいいんだよ」


 わッ、残酷!

 蘭さんはねぇ、ふだんは上品で気高いんだけどね。ときどき豹変するよね。なんでだろ……。


 僕らのあいだでは、分鉢に賛成してるのは、蘭さんだけだ。三(ボク、たける、雑草。縞柄もよせれば四?)対一で反対派多数。


 でも、そこはマイペースな人間かーくんだ。分鉢は強行された。


 ある日曜日。

 新しい鉢を買ってきた人間かーくん。

 恐れおののく雑草を前に、鼻歌まじりで分鉢の準備を始めていく。

 今やおなじみとなった、鉢底ネットと鉢底石。赤玉、鹿沼、腐葉土。

 おおっ、それに今度は花用土だ!

 気合入ってるなぁ。

 よっぽど蘭さんの花、楽しみなんだ。


 蘭さんはもう有頂天だ。

 異様にハイテンションで、ちょっと怖いくらい。


「やってェー! やってェー! 早く、やってェー! 僕のこと、好きにしていいですよ」


 なんか言いまわしが妖しい……。


「いやだぁ。蘭……蘭……キミが好きなんだよ。そばにいさせてくれよぉ」

「ぶっちぎられなッ!」


 あーあ。あんなに嫌がってる雑草。

 さすがに、ちょっとかわいそうな気も。

 しかし、そのときは来た。


「わッ! やっぱり根っこだらけだ。スコップが入らない」


 そう言いながら、人間かーくんはザックリ、蘭さんの鉢にスコップを入れた。土ごとスッポリ抜きとっておいて、人間かーくんは叫ぶ。


「どれがどれの根っこか、わからない!」


 ああ……想像つかないほどスゴイ事になっちゃってるんだな……。


「しょうがない。ほぐすか。蘭はほぐしてから植えるのが普通だし」


 まもなく、阿鼻叫喚あびきょうかんが響きわたった。「ギャーッ」とか「ちぎれるゥ!」とか、耳を覆いたくなるような絶叫の数々が……。


 聞いてるだけで、ボク、ふるえあがったもんね。


 印象的だったのは、「痛いッ、痛いッ」って言いながら笑い続ける蘭さん。

 蘭さん、屈折してる。


「……人間かーくん。僕の鉢、きれいにしてね。やつらの汚い根っこ、一本も残さないでね」


 あえぐような声を出しながら、うっとりしてる。

 大丈夫かな。

 妖美な蘭さんもいいけど、ちゃんといつもの上品な蘭さんに戻ってくれるんだろうか。このまま、ずっと変なテンションだったら、どうしよう。


 怖々、見つめるボクの前で、なんとか植え替えは終わった。

 蘭さんはこれまでどおり青い陶器の鉢へ。雑草と縞柄(こいつらは寄せ植えのままなんだね)は、二百九十八円で買われてきた白いプラスチックだ。


「蘭さん、ちょっと根っこ短くなっちゃったけど、大丈夫かな?」と、人間かーくん。


「ええ……平気。僕は自由だ。もう誰にも邪魔されず、根っこ伸ばせるんだ」


 あれ……? 変だな。

 いつものストーカーっぽいクスクス笑いが、蘭さんの鉢から聞こえたような?


 たしかめようにも遠すぎて見えない。植え替えの直後は、どの鉢も縁側のすみっこに置かれる。雨戸を閉めて日陰にできるからだ。植え替えたばかりのときは、日光が刺激になるからねぇ。

 蘭さんもそこに置かれて、眠ってしまったみたい。


 声が聞こえなくなった雑草と縞柄は……すでにすみっこか。

 どうなったんだろう? はたして無事か?


(ああ……カワイソ。ただの植え替えでも根っこ傷むのに、ほぐされて、ちぎられて……)


 怖いよ。植物的にはホラーだ。

 とにかく、これで植え替えは終わりか。

 人間かーくん。早くお水ちょうだい。喉かわいたよぉ——と思ってたら、かーくんがやってきた。

 やったね。水、水……ではなかった。

 人間かーくん、なぜか、たけるの鉢を両手に持った。


「あ、ちょ……何する気だ?」

「さ、たける。今度はたけるだよぉ」

「えッ? やめろって。おれたち分断する気か?」と、たけ。

「やめてぇ。かーくん、やめてぇ」と、る。


「前から気になってたんだよね。どっちみち、このままじゃ、おたがいの成長の邪魔になるしね。蘭さんのついでだから」


 哀れ! たける、とばっちりか。


 たけるは必死で人間かーくんを説得しようとした。千篇一律……いや、違った。千言万語をついやして。

 ムダ、ムダ、ムダ、ムダ——だけどね。

 思いたった人間かーくんを止めることができる花は誰もいない。


 ふたたび、阿鼻叫喚。


 ああ……たけるの悲鳴を聞く日が来るなんて。

 たけるはいつもスゴイやつだった。

 でも、人間かーくんには逆らえないんだね。


 なんか、根っこブチブチちぎれる音まで聞こえるような気がした。


「たけ兄ちゃん……」

「るう……離ればなれになっても、おれたち兄弟だぞ」


 泣かせることを言って、たけるは半身ずつ引きちぎられてバラバラになった。バラなだけに……二度めはクドイか。


 たける一、たける二だ。

 というより、たけちゃんと、るーくんかな?


 たしかに、こうして見ると、変な伸びかたしてるなぁ。

 たける一(たけ)なんか、枝ぶりが惑星直列だよ。

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