第17話 マーガレットのつぶやき2 その四



 ようやく、その子が縁側のまんなかにやってきたのは、数日後。

 近くで見ると、なおさら可愛い。

 なんて清楚で愛らしい花なんだ。


 ボクはドキドキした。

 たけると蘭さんがわかったふうで笑ってるのも、ボクの目には入らない。


「あの、あの、ボク、かーくんって言います。あ、あなたは?」

「……キク科はひっこんでて」


 あれっ? 今、なんか予想に反したドス黒い言葉が聞こえたような。幻聴か?

 でも、めげないもんね。


「キク科ですけど、なんだか、あなたとボクの花、似てませんか?」

「ひっこんでろって言ったんだけど?」

「え、えっと……」


「かーくん、ガンバレ」とか「ファイトですよ」とか、たけるや蘭さんの声が、かすかに聞こえる。

 でも、ボクはだんだん緊張のあまり気が遠くなりつつある。

 えっと、なんか気のきいたこと言わなくちゃ。


「こ、今度いっしょにお茶しませんか!」


 ダメだあーッ! もうダメダメ。

 お茶ってなんだ? せめて水って言おうよ。ボクら、花なんだからさ。


 彼女は軽蔑的な白い目(目玉ないけど、精神的視界)で、ボクを見た。


「わたしを枯らす気?」

「いやッ、ちが——」

「とにかく、わたし、品種登録されてない花とは話さない主義だから。二度と話しかけないで」


 ツンデレだ! 愛しの彼女は貴族趣味の超ツンデレだった。いや、一回もデレたことないから、ただのツンか。

 ちぇェ〜。可愛い顔(花)してさ。

 しかーし、何を隠そう。ボク、品種登録されてるもんね。


「ボク、サクラベールだよ」

「えっ?」

「サクラベール。品種登録出願中なんだ」


 ふっふっふっ。見よ。彼女の目つきが、ちょっと変わった。

「わたくし、貴族しか相手にしませんの」って深窓のお姫様に、「ボクの生家、桜小路伯爵なんだ」って言ってやったに等しい。


「そうなの。わたし、はるか。品種登録番号は2〇〇91号よ」

「じゃあ、ボクたち、友達だねぇ」

「それとこれとは別! キク科なんて草じゃない。わたしは、れっきとした木なんだから。草なんて木より数段、劣るもの」


 ガーン……たしかに、ボク、草だけどさ。ぐすっ。今のは傷ついた。

「ボクの生家、桜小路伯爵なんだ」って言ったら、「わたくし侯爵以上の家柄でないと口をききませんことよ」って返されちゃった。


「感じ悪いですね。品種登録がなんぼのもんですか。かーくん、あんな花、相手にすることないですよ」

「そうだぞ。かーくん。品種だけが花の価値じゃない。大切なのは、養い親に愛されてるかどうかだ」


 蘭さんとたけるが慰めてくれたけど、ボクの心は晴れなかった。

 だが、その後、まさに、たけるの言葉が実証される事態となった。


 最初の印象が悪かったので、ボクらのなかで、はるかさんはなんとなく孤立していた。


 たけるも蘭さんも品種登録されてないしねぇ。そのうえ、蘭さんはボクと同じ草だし。それで気分を害したらしい。とくに蘭さんはプライドが高い。


 けど、ボクはまだ彼女に惹かれていたので、はるかさんの調子が、いつまでたっても上がらないことに気づいていた。ふつう一週間もすれば、すっかり根づくはずだけど、なんとなく元気がない。


 人間かーくんも、はるかさんが本調子でないとは思ってたみたいだ。でも、そのころ、人間かーくんの注意は、たけちゃんと、るうくんに集中していた。


「あれぇ、たける。まだ粉ふくね。変だなぁ。なんで? 株分けしたから風通しよくなったはずなんだけど」

「あ、人間かーくん。ふいてくれ。そしたら、おれ、光合成して、いっぱい花咲かすからさ」

「毎日、ありがとう」


 人間かーくんは、せっせと、たける兄弟の葉っぱふき。粉がつくと片っ端から指でふきとっていた。


 その甲斐あってか、たけるは二株とも、めきめき新芽を伸ばす。背丈(枝)も十センチは伸びたよ。

 それだけではない。たけちゃんなんか、ハート型の葉っぱをこれでもかってほど、バンバンつけていく。

 人間かーくん、メロメロだ。


「かーわーいー。たけるぅー。ハートがいっぱいだねぇ。ああっ、ここもハートだ。こっちにもハートがあるぅ」

「おれの感謝の気持ちだよ」

「たける、大好きだよー」

「だって、花ないとき、つまんないだろ。このほうが楽しめる」


 むう。さすがは、たける。

 ハートの葉っぱって、要するに突然変異だよね。そんなにたくさん作れるもんなんだ。やっぱり並のミニバラじゃない。


 人間かーくんは、たけるに夢中。

 それに葉っぱをふくのって、けっこう時間かかるしね。

 はるかさんの元気がないのは、なんとなく見すごされていた。


「はるかさん。大丈夫? 葉っぱ、白いけど……」


 ボクは話しかけてみたが、返事はなかった。ツンデレだ、高慢ちき——と蘭さんは言うけど、もしかしたら答えるのもしんどいほの、ぐあい悪いんじゃないかと、ボクは少し心配になった。


「ねえ、はるかさん。その白い粉、たけると同じなんじゃないの? 人間かーくんにふいてもらったほうがいいよ」

「……ほっといて」


 おかしい。言い返す声(花的思念)にも以前のトゲがない。

 なんだか青息吐息。

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