第12話 兄の誕生日2



 それは深夜零時から始まる。

 僕と蘭さんは夜ふかしなんだが、猛は十二時前には寝てしまう。

 まあ、勝負は猛が起きてからだなと、僕は思っていた。


「じゃあ、おまえらも、あんまり夜ふかしするなよ。とくに、蘭、しっかり寝てないから夏バテするんだぞ。早めにな——んじゃ、おやすみ」


 と言って、猛は自分の部屋へ去っていく。

 ちなみに、僕らはたいてい、寝るまで居間にかたまってゴロゴロしてるんだけど。


「うん。おやすみ」


 僕は片手にコップ持って、片手でスマホをポチポチしながら見送った。

 しかし、蘭さんは違う。いきなり、攻めてきた。


「猛さん。今夜はいっしょに寝ちゃダメ?」


 ぶっ——と、僕は思わず、麦茶をふきだす。

 猛は……猛はふすまあけたまま、かたまった。


 そりゃね。ビックリするよね。

 同い年の同性の友達から、とうとつにこう言われたら。

 僕ら、十代じゃない。

 二十代なかばのいい年した大人なんだからね。


「はあっ?」と、あぜんとしてるのへ、蘭さんは絶世の美女のような麗しいおもてで微笑む。


「だって、明日、猛さんの誕生日だから」


 誕生日だから、僕をプレゼント——とか言わないよね?

 蘭さんの場合、シャレになんないからね?


「朝、誰よりもさきに、おめでとうって言いたいんです!」


 やるな! おぬし——


 僕はうなった。

 さては、猛が寝てるすきに、ベタベタ貼りつける作戦か。


 たのむ。猛、ことわってくれ。部屋がせまいとか、おれ、人がいると寝れないんだよとか言って。


 しかし、猛はことわらなかった。

「まあ、いいけど。おまえ、夜中、仕事するんじゃないの?」


 バカモノ! なんで、ことわらないんだ。


「今日はいいんです。昼間、ノルマぶんは書けたし。たまには早めに寝ようかなって」

「ふうん……」


 猛は怪しんだようすはない。

 蘭さんはふだんから、ものすごい甘えん坊だしな。ムチャぶりもするし。


 しかし、それでは困るのだ。

 僕が出遅れてしまうじゃないか!


「ええッ! ズルイ! じゃあ、僕もいっしょに寝る!」


 猛はさらに、あぜんとした。

「なに言ってんだ? おまえら?」


 なんか変だと感じたらしい。猛は急に身がまえた。


「……やっぱ、一人で寝る。おやすみ」


 猛が去ったあと、蘭さんはチッと舌打ちついた。

 あーあ、美しい顔が台無しですよ?


「かーくん。なんでジャマするんですか。うまくいきそうだったのに」

「だって、ライバルだし」

「まあ、いいですよ。僕は徹夜にはなれてますからね」


 うっ。これは、僕が寝るまで起きてるつもりか。


 困った……。

 僕は蘭さんと違って、家事をしないといけない。徹夜とかムチャなマネはできないんだ。


 しかし、だからって、すぐに寝るわけにはいかない。

 できるかぎりは阻止しないと。


 たぶん、起きてる猛に手渡しするのは不可能だ。

 誕生日プレゼントに一枚は入れとくとしても、一度に渡していいのは一枚だけ……。


 つまり、赤の五十点は、僕も蘭さんも渡すことができる。勝敗はそれ以外の色を、どんだけ多くこっそり渡せるかだ。


 蘭さんは居間にパソコン持ってきて、そこで仕事を始める。

 蘭さんはミステリー作家なり。ブラインドタッチで、猛スピードでキーボードを打つ。いっこうに寝る気配がない。


 一方、僕はどんなにがんばっても三時が限界だ。

 翌朝のしたくのために、泣く泣く寝ることにした。


「じゃあ、僕も寝るよ。おやすみ。蘭さん」


 蘭さんは、このうえなく、あでやかに微笑した。

「おやすみ。かーくん」


 いや、違う。

 今、僕には、たしかに「待ってました!」と聞こえた。


 僕は無念の思いで、居間のとなりの六畳間に入る。

 ここが僕の部屋だ。ちなみに廊下はさんだ向かいの八畳が、猛の部屋。


 僕が電気消して布団にもぐると、まもなく、すうっと、襖のあく音がした。


 蘭さんめ。さっそく貼りに行くつもりだな。

 僕は電気は消したまま、布団から、はいでる。


 こんなときのために、襖はちょっぴりスキマをあけたままにしてある。そこから廊下をのぞく。


 思ったとおりだ。

 蘭さんが猛の部屋の襖をあけて、なかをのぞいている。

 たぶん、猛が熟睡してるのを確認したんだろう。

 襖をさらに大きくひらき、室内へと入っていった。


 むう。させるものか。

 僕も、こっそりと廊下へ出る。

 僕は蘭さんがあけたままの襖のあいだから、なかを見た。

 蘭さんが忍び足で、猛に近づいていった。


 うーん、どうしよう。

 猛を起こすべきか?


 いや、でも、そうすると、ゲームのことじたいが猛にバレてしまう。

 蘭さんが憤慨ふんがいするだろう。それだけは、さけなければならない。

 僕らの食費をまかなってくれてるのは蘭さんだ。パトロンのごきげんを損ねるわけにはいかない。


 見てるうちに、蘭さんは猛の枕元にすわった。正座して、じっと猛を見てる。怖い。

 これ、今、猛が目をさましたら、まちがいなく、蘭さんのこと亡霊だと思うだろう。


 蘭さんが猛の布団をめくった。

 そろそろと手を伸ばす。

 その手には赤いカードを持っている!

 まさか! ここで赤を使ってしまう気か!


 僕はジャマするために、なかへ入ろうとした。が、そのときだ。


 なんと——!

 猛が蘭さんの手をたたいた!

 ハッとして、蘭さんは手をひっこめる。


 猛、目をさましたのか?

 しばらく、僕と蘭さんは、それぞれの位置でようすをうかがった。

 が、ぐうぐうと聞こえてくるのは、わが兄の寝息。


 うっ、ウソだろうッ?

 こいつ、寝てるのにたたきかえしたのか?


 蘭さんはひるまない。

 再度、手をのばす。

 そろそろと。慎重に。


 だが、やはり、カードを持つ手が体にふれそうになると、猛の手がピシャンとはらいのける。


 やっぱりだ。こいつ、寝ながら気配を察知してる。

 超人だ。

 恐るべし。わが兄。


 原因はすぐにわかった。

 そのとき、僕のよこをするするっとすりぬけて、ミャーコが室内へ入っていった。

 蘭さんのとなりに、いいお行儀ですわる。


 愛猫よ。何をする気だ?

 なんか、イヤな予感がする。


 ミャーコはまるで目の前を通っていくネズミに気づかれないよう、息をひそめるような態度で、猛を凝視している。


 そして——


 パコン! ビシッ!

 ネコパンチをくりだすミャーコの手を、猛がたたきかえす!


「……やめろよ。ミャーコ」


 むにゃむにゃと、猛が言った。


 これか……こんな攻防を毎晩、くりひろげてたのか。

 これは鍛えられるよな。


 蘭さんはため息をついて廊下へ出てきた。僕と鉢合わせして、ニッと笑う。


「就寝中は不可能みたいです」

「猛は武闘家だからね。手ごわいよ」


 僕らはあきらめて、それぞれの部屋に帰った。

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