第12話 兄の誕生日3

 *



 夜が明けた。

 さて、ゲーム本番だ。


「兄ちゃん。おはよう。誕生日だねぇ。おめっとう! 朝ごはん、できてるよぉ」

「……早いな。薫。いつも九時すぎまで寝てるくせに」


「だって、兄ちゃんの誕生日だからねぇ」

「ふうん」


 猛より早く起きてる僕を見て、意外に思ったようだ。が、怪しんではいない。


 しめしめ。蘭さんが起きてくる前に、リードしとかないとな。


 ところがだ。いつもは昼すぎまで寝てる蘭さんが、八時前のキッチンへおりてきたじゃないか。


「猛さん。かーくん。おはようございます」


 うーん、と伸びをしながらキッチンに入ってきて、蘭さんは猛に近づいた。


「猛さん。誕生日、おめでとう」


 僕は見た。


 そう言って、さりげなく猛の背中に手をおきながら、蘭さんが黄色いカードを貼りつけるのを!


 ヤラレター! 僕、まだ一枚もひっつけてないのに。


 蘭さんが僕をちらりと見て笑う。

 くうっ。ま、負けないもんね。

 僕を本気にさせたな(なんちゃって)!


 その後も終始、蘭さんのペースでゲームは進んだ。

 なにしろ、蘭さんはつね日ごろからボディータッチが多い。なので、ごくしぜんに腕をくんだり、背中をたたいたり、肩に腕をかけたりできる。


「ねえ、猛さん。散歩にいきませんか?」

 とか言って、腕をくみながら、背中にペタリとやるわけだ。


 昼ごろには、猛の背中は、黄色と白のカードでベタベタになっていた。


 僕も負けじと近よるんだが、猛のやつ、スキがない!

 背中から、こそっと近づいても、さッとふりかえってくる。


「どうしたの? かーくん」

「えっ? 何が? 肩に糸クズがついてるよ。とってあげるよ」

「…………」


 あっ、怪しんだ。

 蘭さんはともかく、僕はふだん、とくべつスキンシップが激しいほうじゃない。

 いつもと違うことをしようとすると、やっぱり警戒されるみたいだ。


 お昼ごはんのあと、蘭さんが耳打ちしてきた。

「どうやら、僕の勝ちみたいですね。僕、もう残り、赤だけですよ?」


 早い……やっぱり、蘭さんには勝てないのか。

 どうにかして、猛にナイショで持たせることができないかなぁ。


 しかし、そのあと、ゲーム続行が不可能になりそうな事態になった。


「あっ、タバコ切れた。買ってくるな」


 そう言って、猛が小銭入れ持って立ちあがる。

 僕と蘭さんは同時に「あッ」と言った。


「えっ? なんだよ?」

「いや、別に……」


 ぜんぜん、じゃない。

 そのカッコで行くの?——と言いたい。もちろん、言わないけど。


 蘭さんはさすがだ。

 すぐさま、ごまかした。


「コンビニ行くんなら、アイス買ってきてくださいよ。僕の好きそうなやつ、二、三個、お願い」

「いいけど、おまえら、今日、なんか変じゃないか?」

「なんで? はい。お駄賃」


 と言って、蘭さんは一万円札を猛の手に、そっとにぎらせる。


「行ってらっしゃい」


 にっこり笑って送りだす。

 猛も万札にぎらされて、喜んで出ていった。


「どうすんの? アレ」

「猛さんがカードの存在に気づいたら、その時点でゲーム終了ってことで」

「あっ、ズルイ! 蘭さん、勝ち逃げする気だ」

「どんな手を使ってでも勝つ。それが勝負ってもんです」


 はあ……やっぱ、最初からムリがあったか。


 僕はあきらめて洗濯物をとりこんだ。夏場は乾くの早くて助かるなぁ。

 たたみ終わったころに、猛が帰ってきた。


「……ただいま」

 なんとも神妙な顔つきをしている。


「おかえりぃ。どうしたの? 浮かない顔して」

「道行く人がみんな、おれ見て『誕生日、おめでとう』って言うんだ……おれ、変な世界に迷いこんだかな?」

「えっ? 近所の人でしょ? みんな、知ってるからじゃないの?」


 ごめん。猛。

 誕生日の恥はかきすてだよ!


 僕は頭をかかえてる猛に、たたんだ洗濯物を渡した。


「はい。これ、兄ちゃんのぶん。部屋、持っていっといて」

「ああ……」


 よかった。なんとか気づかれなかったみたいだ。

 まあね。自分の背中は見えないし。

 と思ったが、まもなく、猛の部屋から叫び声が聞こえてきた。


 あっ、バレた。


「なんだ、これ? いつから、こんなもん……蘭! おまえだな? 薫もかっ?」


 猛は白や黄色のバースデイカードが山ほど貼りついたTシャツを手に、廊下に出てきた。

 どうやら、外出て汗かいたんで、着替えようとしたらしい。


 蘭さんが笑って宣言する。


「ゲーム終了! 僕の勝ち」

「ゲームって、勝ちって……何やってんだ。あっ、だから、今日はやたらにひっついて——」


 猛はため息ついたあと、僕と蘭さんを交互に見た。

 そして、笑いだす。


「おまえら! やってくれたな」


 猛は笑いながら、僕と蘭さんの頭に手をかけた。グリグリやられて、僕たちも笑った。


「じゃあ、僕が勝ったから、猛さんの言うこと、なんでもきいてあげますよ?」と、蘭さんは言う。


「蘭は早く、夏バテ治せよ。それが一番かな」

「ええっ、どうやって治すんですか? 食欲ないんですけど。栄養ドリンクが僕の夏の主食」


「じゃあさ。僕がゼリー作ってあげるよ。高級フルーツ入りの。果汁百パーでさ。お金かかるけどね」と、僕は言う。


 蘭さんはゲームに勝ったんでごきげんだ。

「うん。じゃあ、お願い」


 よかった。これで少しは、よくなってくれるかな?


 その夜は焼肉パーティー。

 そのあと、恒例のプレゼント贈呈。

 いつもの猛の誕生日だ。


 それにしても、ほんとはゲーム勝ったの、僕なんだけどね。


 蘭さんが上機嫌で、お肉を食べて、執筆のために二階へあがっていったあと、猛が言った。


「かーくん。白が一点で、黄色が十点。赤は五十点だったんだろ?」

「うん」

「なんで、だまってたんだ」

「まあ、蘭さんが喜んでくれたほうが嬉しいし」


 そう。僕は赤いカード一枚、猛に渡してる。

 いつ渡したかって?

 洗濯物だ。洗濯物のなかに、赤いカード、はさみこんどいた。


 蘭さんは黄色と白だけだから、合計で四十点。

 僕は五十点。

 ほんとは僕の勝ちだ。

 でも、大事なのはそこじゃない。


 猛は僕を見て微笑んだ。

 こつんと、僕のおでこに、自分のおでこをぶつけてくる。


「おれのお願い、なんでも聞いてくれるんだろ?」

「ああ、そうだったね。勝った人がきくんだよね」


 猛はささやいた。

 聞きとれるか、聞きとれないかの小さな声で。



 来年も、いっしょに誕生日を祝おう——と。



 僕は切なくなった。

 兄にとっては、それが何よりの願いなのか。


 来年も、再来年も。

 ずっと、いっしょにいたいね。

 運命のゆるすかぎり。


 とりあえず、兄ちゃん。

 誕生日、おめでとう——



https://kakuyomu.jp/users/kaoru-todo/news/16816700426571395757

(いただいたファンアートです)

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