三人の容疑者(持ちぬし)
入りがけに、僕は封筒をひろった。ふつうの茶封筒だ。サイズはB5。けど、なかなかの厚み。一センチはあるね。
何が入ってるんだろなぁ?
札束だと一センチで百万って言うよね?
近くには若い男の人がいた。さっきから、エコバッグと万札一枚にぎりしめて、ウロウロしてる人だ。
いや、万札だったのは最初の一回。
じつを言うと、さっきから何度も買い物しては戻ってくる。そのたびにお札の額はくずれていく。
この人もけっこうな不審者だよね?
「あ、あのぉ。この封筒、落とされましたか?」
いちおう、聞いてみる。
買い物してるから、まだ不審者じゃない。
それにさっき、この人、茶封筒、買ってたし。
僕の声を聞いて、不審者もどきと、サラリーマン風おじさんが同時にふりかえった。
そこへさっきのキレイなお姉さんがとびこんでくる。
「ああっ! おれの」
「私のです。おおきに」
「それ! わたしのです!」
三人の声がそろった。
僕はたじたじとなり、あとずさる。
封筒は一つ。なのに、三人が持ちぬしと名乗りでた。
二十時ジャスト。事件発生——
うろたえる僕を見ながら、山田先輩は告げた。
「ごめんな。おれ、あがりやわ」
「ちょ——待ってくださいよ! こんな状態で?」
「悪いなぁ。うちのかみさん、今夜、八時半からパートやねん。おれが帰らんと子どもまだ小さいし」
うう……山田先輩。学生結婚で二歳の女の子がいるんだった。さすがに二歳児を一人にしとけないよね。
「……むごい。困りきった高校生を一人置き去りに」
「ほななぁ。気ばりぃや」
「先パーイ! せめて解決策、教えといてくださいよぉ」
「死ぬ気でがんばれ!」
すがりつく僕をつきとばして、先輩は帰っていった。
ああ、無情……。
しかたなく、封筒を調べる。表にも裏にも何も書いてない。口は折りかえして目玉クリップでとめられている。
しめた! 糊づけされてない。
「これ、なかを見てもいいですか?」
なかみさえ確認できれば、持ちぬしはわかる。
だけど、三人はいっせいに首をふった。
「ダメ!」
「あかん。あかん」
「プライバシーの侵害だね」
「ええっ、そんなぁ……」
いきなり、女の人が手を伸ばしてきた。
「貸してよ! わたしが自分で中身、確認すればいいんでしょ?」
「えっ! でも——」
「貸して! 時間ないんよ」
しかし、当然のことながら、ほかの二人が反論する。
「あかんやろ。あんたのもんと決まってへんで」と、不審者もどき。
スーツのおじさんも困ったふうだ。
「いや、それはできません。ほかの人に見られるわけにはいかないものなんです。誰かが確認するというのなら、私に確認させてもらえませんか?」
「ダメよ!」
「あかん。おっさんもあかん。最初に見せんのは、さっちんなんやぁ」
ラチがあかない……。
すると、どこからか、コホンとわざとらしいセキばらいが聞こえてきた。続けざまに二、三回。
見ると、猛がドアの前に立っている。
サングラスとマスクをはずして不審者ではなくなった兄が、チラチラとこっちに目線をよこしていた。
これは……僕に「助けてェ」って言ってほしいんだな。
でも、言わないぞ。
ここで助けを求めたら、僕は一生、兄から自立できない。僕の力でなんとかするんだ。
決然として、僕は電話をつかむ。
「……待ってください。店長、呼びますんで」
けっきょく、人任せ!
でも、これが高校生にできる限界だ。
僕は祈る思いで受話器をにぎりしめる。しかし、むなしくコールが続く。店長は出てくれない。
大人に見すてられた。
僕は世界中でひとりぼっち……。
「早うして。時間が。ほら、わたしに貸してよ」
「あかんって言うとるやろ。あけるんなら、おれがあけるわ」
「いやいや。私の書類には守秘義務ってもんが——」
三人から責めたてられて、僕は頭をかかえた。
社会勉強って、こんなに難しいの?
こんなんなら、京大の過去問のほうが百倍も簡単なんだけど? なぜなら、ちゃんと答えが用意されてる。
すると、そのとき、コホンと、ひときわ大きなセキばらい。
僕の手から茶封筒をとりあげようとする三人の前に、ズイっとふみだしてくる。
「まあまあ、落ちついて。要するに、なかみをあけずに持ちぬしがわかればいいんですよね?」
ああッ、猛ぅー! 頼れる……やっぱり、こいつ、頼れる……。
「なかみをあけずにって、そんなことできるの?」
美人のお姉さんは、猛のイケメンフェイスに毛ほども惑わされない。食ってかかるような勢いだ。
「できるよ。ただし、あんたたちには真実を話してもらわないといけない」
「話すことなんてないわよ!」
お姉さん、気が立ってるなぁ。
なんか、うちのミャーコ(愛猫)が、となりのミケとケンカしてご機嫌ななめのときみたいだ。
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