第三話 コンビニへ行こう!
コンビニで事件です
秋の夜長のコンビニ。
僕はなぜ、こんなところに立ってるのか。
今ごろ、うちでまったりテレビ見ながら、カール(薄味)でも、ついばんでるはずだったのに。
「東堂くん! たのむよ。佐藤くんがインフルで来れへんくなったんや。今夜だけでいいから、入ってくれへんかなぁ?」
という店長の電話がかかってきたのは三十分前。
「ええっ! 困るんですけど。うち、猛獣がいるんで、ちゃんとメシ食わせないと暴れるんです!」
「……君んち、おじいさんと兄さんの三人暮らしじゃなかった?」
「だから、その兄が猛獣でして」
僕の反論は高らかな笑い声によってさえぎられた。
「まあ、そんなわけだから、よろしく頼む。じゃあ、十七時から二十二時までってことで」
押しきられてしまった……。
というわけで、僕は今、バイト先のコンビニにいる。レジのなかね。
先輩の山田さんは二十時まで。
仕事帰りの人たちが弁当を求めて、街をさまようこの時間。
高校生の僕が一人でこなせるような客数じゃない。
まあ、そこんとこは店長も見越してる。
でも、そのあと、店長が仮眠をおえて帰ってくる二十二時まで、二時間ぱかし一人きりになってしまう。
ええっ! この時間に高校生一人で働かせとくなよォ。
ブラックー! ブラックバイトォー!
——と言ったところで、今の状況じゃ聞いてもらえないのはわかってる。
どうか何事も起こりませんように……。
僕は心から願っていた。
せまる二十時。
店内は夕食の弁当ラッシュもおさまり、やや落ちついている。
客はというと。
ずっとコピーしてる女の人。
仕事帰りっぽいスーツのおじさん。
もう一人、若い男の人が入ってきた。コピー機あたりを見てから、雑誌コーナーへ歩いていく。この人、また来たのか。さっきから何度も来るんだけど。
それと——
弁当の補充してた山田先輩が、とつぜん、レジに帰ってきた。青い顔をしてる。
「……どないしょう」
「え? なんですか?」
「不審者がおるんや」
「不審者?」
「ほら、見てや。あそこ。雑誌、立ち読みしとる男。マスクにサングラス。そのうえ、帽子やで。見るからに怪しい。まさか、コンビニ強盗とか……」
「えっ! コンビニ強——」
「しいッ! しっ、しっ、しいーッ!」
そんなにしいしい言わなくたって、幼児にオシッコさせるわけじゃないんだからさ。
「大きな声だすなや。聞こえるやろ」
「すいません」
「あのすみっこの本棚んとこ。見てみいな」
「すみっこの本棚……」
言われるがままにそっちを見た僕は、思わず宇宙語を叫んでしまった。
あえて表記するなら、こんなふうだ。
「☆○*◎♪◇×%ー!」
あっ、気づかれた。
あきらかに不審者そのもの。“ザ・不審者”のカッコしたやつが、ビクンと肩をふるわせ、背中をまるめる。あまつさえ、すすすと、さらにすみに寄る。
まるで、人間に見つかってしまった瞬間のゴキブリだ。
僕はレジをとびだし、やつのもとへまっすぐ突進した。
「この不審者がぁー!」
やつの手にした雑誌をうばいとり、それを丸めて、パコンと頭をはたいてやる。ノッポのやつの頭をたたくのは、なかなか難しい。
やつはあわてふためき、なにやらモゴモゴ、口のなかで弁解してる。
「いや、不審者じゃないです。ただのヒマつぶしの客ですから」とかなんとか言ってるんだけど。
どう見ても……。
すると、山田先輩がかけてきた。
「と、と、東堂くん。ちょい、ちょい。いきなりお客さんに何してんや。てか、その本、売り物やし」
「いいんです!」
「いや、売り物やし……」
「今すぐ追いだしますから!」
「君、意外と強気やなぁ……」
そうじゃない。
ふだんだったら、僕だって、身長百八十センチ以上もある、筋肉ムキム(ムキムキではない。直前キープ)の不審者に、こんな強気に出ないよ。
この不審者が僕に害意がないことを知ってるからだ。
僕はやつの腕をひっぱり、店の外へつれていく。人目がなくなると怒鳴りつけた。
「何しにきたのッ? 兄ちゃん!」
「……違いますよ? 人違いじゃないですかねぇ?」
「いいかげんにしないと警察つきだすよッ?」
やつは観念した。
マスクとグラサンをはずす。
思ったとおり。
不審者は兄だった。
「兄ちゃん。こんなことばっかりしてたら、いつか、ほんとに捕まるよ?」
「おれは、かーくんが心配なんだよ。可愛い可愛い弟が、夜の夜中に一人でバイト! もうこんなバイト辞めちゃえよ。おまえのことはおれが一生、養ってやるから」
うう……出たな。
猛の必殺超絶ブラコン炸裂!
うちの兄は顔よし、頭よしの超イケメン——なんだけど、このとおりの不審者まがいの残念な一面がある。
これじゃダメだと思ったから、高校に入って自立のためにバイト始めたのに。
まさか、バイト先までジャマしに来るとは。
「兄ちゃん。悪いこと言わないから、まともな兄弟になろう? ここらが潮時だよ?」
「なんだよ。潮時って。兄弟に潮時なんてないだろ。おれたちは一生、兄と弟だ」
「そんなことはわかってるよ。ブラコンの潮時だって言ってんの! そろそろ卒業しないと、ほんとに一生、このままだかんね」
「いいよ。このままで」
猛はケロリとしてる。
むしょうにサバサバして、いっそ羨ましい。
なんなんだ。兄のこの悟りきったような澄んだ目は。
「僕はヤなの! 卒業したいの! 僕は社会勉強のためにバイトしてるんだよ。ジャマしたら怒るからね」
「もう怒ってる……」
すると、出入り口の自動ドアがサッとひらいた。
女の人がとびだしていく。
ああ、コピーの人か。やっと終わったんだ。
女の人は僕と猛のわきを、さあっと走りぬけていった。
このとき、初めて顔が見えた。髪の長いキレイなお姉さんだ。
「ありがとうございましたー」
僕の声が聞こえたかどうか。
見とれていると、うしろでまたドアがあく。
「東堂くん。大丈夫?」
そうっと山田先輩が声をかけてきた。
「すいません。戻ります——いいか? もう帰れよ。二度と来んな?」
僕は後半を兄に言い聞かせて、店に戻った。
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