茶封筒のなかみ
猛はお姉さんを無視した。
不審者もどきの男に顔をむける。
「あんた、さっきから何度も通って、一品ずつ買ってくよな。不審者にしか見えないんだけど(おまえに言われたくないだろう、兄よ)なんの目的?」
「おまえに言われたないわ」と、男もつっこんだ。
「おれはただの通りすがりの探偵だよ。あんたがここのコンビニを襲撃するために店内を物色しにきたのなら、すぐに通報するけど」
男はためらう。
すると、猛は言いだした。
「それにしては、あんたは防犯カメラの位置も気にしないし、店員のほうも見てない。店に興味があるわけじゃない。万引き犯でもない。ということは、純粋に商品を買いにきている」
僕は口をはさむ。
「そういえば、この人。茶封筒、買ってたよ」
猛は笑う。
「だよな。茶封筒の前は履歴書じゃなかったか?」
「うん。そうだった」
僕はハッとした。
「そうか! この人は茶封筒の中身、自分の書いた履歴書だと思ってるんだ!」
なるほど。それはちょっと、他人には見られたくないかもな。
男はため息をついた。
「そうや。だから、おれのや言うとるやろ」
「ほんとに?」と、猛は反論する。
「ほんまも何も。嘘やないぞ」
「まあ、嘘じゃないだろうな」
猛は男の持った買い物カゴを指さす。
「スティック糊。それで履歴書の入った封筒に封をするつもりだろ? じゃあ、さっさと買って帰ればいい。そうしないのは、コピー機があくのを待ってたからじゃないのか?」
男は
「なんで、そんなことまでわかるんだ?」
「さっきから、ずっとコピー機のほうチラ見してたからさ。それに『最初に中身を見せるのは、さっちんだ』って言ったろ? 彼女か家族に履歴書のコピーを見せるつもりなんだな」
「そうや」
「じゃあ、よく考えてみろよ。あんた、さっき入ってきたとき、コピー機に人がいるのを見て、どうしたっけ?」
ええと……それは僕もなんとなく見た気がするぞ。
猛の不審者騒動のせいでバタバタしたけど、その直前だったからな。
たしか、雑誌のコーナーへ行って、しばらく立ち読みしたんだ。そのあと、ため息つきながら買い物カゴをとりに——
「ああっ! 雑誌コーナー離れたときには、エコバッグ持ってなかった」
男はあわてて雑誌コーナーに走った。雑誌コーナーのすぐよこに置かれた売り物のビニール傘に、ピンクのエコバッグがひっかかっていた。
「あった! おれの履歴書」
エコバッグのなかから茶封筒が出てきた。
男は喜びいさんで履歴書をコピーした。
「ほな、おれはこれで! あっ、糊も買わなな。ついでに切手も売ってんか」
このさい、不審者っぽい行動については聞かないことにしよう。きっと深い事情があるんだろう。世の中にはいろんな人がいる。
一式そろえて、男は去っていった。
なんだかよくわからないが、容疑者(持ちぬし)が一人消えた。よかった。
残るは二人。
おじさんとお姉さんは、にらみあってる。
妙に険悪?
そんなに大事なものなのか?
この茶封筒が?
猛は二人がにらみあってるすきに、コピー機に近づいた。
あれっ? なんか、今、隠した?
ぼんやりしてると、きれいなお姉さんが標的を僕に変えた。
「それ、返してください。わたしのです」
おじさんもひかない。
「違います。私のです」
ダメだ。もう限界。
「兄ちゃん 助けて!」
猛の顔がパッと輝いた。
すぐさま、かけよってくる。なんか、犬っぽい。
可愛いなぁ。わが兄。
「はいはい。うちの弟をいじめないように」
「えっ、兄弟……」
「探偵って言うたやないですか」
猛は強引に二人の文句をさえぎる。
「まあまあ。まず、気になったことがある。あなた、さっきから守秘義務とか言ってますよね。茶封筒の中身は公用書類か、機密性の求められる内容ですよね?」
たずねられて、おじさんは返事に
「それに、もうひとつ。おれは見てたから知ってるんだが。まず、店に入ってきたのは、あなただった。そのあと女性が入ってきて、まっすぐコピー機に向かった」
うん。そうだったかな。
ていうか、このおじさんもコピー機のとこに立ってたような? あれって何時ごろだった?
弁当を求めるお客さんの襲撃ラッシュが下火になったころか。とすると、七時ごろか。
忙しい時間帯だから、いつからそこにいたのか、おぼえてない。
お姉さんが来たのは、そのあと、ちょっとしてから。
七時二十分くらいかな。
ていうことは、お姉さんの前にコピー機を使ってたのは、このおじさんか。
「今日はコピー機が人気だねえ」
僕はつぶやいた。
今どき、自宅のパソコン用プリンターでだって、コピーはできるのに。
すると、猛は僕の考えを読んだように笑う。
「自宅じゃできないコピーなんだよ」
「自宅でできない?」
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