第七話 思い出ギフト

じいちゃんの遺した小さなミステリー1



 じいちゃんが死んだ。

 百歳の大往生だ。

 絵に描いたような、ぽっくりパターン。

 前の晩なんか、三人で飲んで、ふつうにテレビでダイハード見てたのに。

 朝になって起こしにいくと、体が冷たい。脈がない。やすらかな死に顔だ。眠ったまま逝かれたようですねと、お医者さんは言った。


 そのあとのことは、よくおぼえてない。

 僕がぼんやりしてるうちに、兄の猛が何から何まで、やってくれた。

 火葬場で猛が言ったことだけは、やけにハッキリおぼえてる。


「薫。このボタン押すと、じいちゃん、灰になるからな。最後に、さよなら言っとけよ」

「う、うん……」


 最後にもう一度、お棺をのぞいた。

 やっぱり、じいちゃんは、ほんのり笑って眠ってるように見えた。


 僕はそれでも、これがほんとのことだと思えない。なんだか、ドッキリにひっかかってる気分。

 ほんとは、じいちゃんは寝てるふりしてるだけで、猛と二人で僕をだまそうとしてるんだ……そんな気がした。


 じいちゃんのお棺が次に出てきたとき、やっと、実感がわいた。真っ白な骨になった、じいちゃんを見て。


 そういえば、父さんと母さんが死んだときは、まだ小さかったから、火葬場までは行かなかったんだっけ。人って、こんなにあっけなく骨になっちゃうものなんだ……。


 ぼろぼろ泣きだす僕を、兄が抱きしめてくれた。


 両親が亡くなってから、ずっと僕ら兄弟を育ててくれた、じいちゃん。

 年のわりにかなりアクティブで、きさくで、話のわかる大人だった。

 参観日も三者面談も体育会も、みんな、じいちゃんが来てくれたっけ。いっしょに遊園地行って、ジェットコースターとか、乗ったなぁ。


 あのころでさえ、じいちゃん、アラウンド米寿だったが。思えば、元気なジジイだった。

 でも、じいちゃん自身には、自分が長くない予感があったのかもしれない。

 ダイハード見ながら、急に、

「猛。薫。じいちゃんは最後におまえたちといっしょにいられて、幸せだったよ。人生は長さじゃないからな。おまえたちも悔いのないよう、毎日を精いっぱい生きるんだぞ」


 なんて、言ってたから。

 そのときは、じいちゃん、酔ったか。年とると涙もろくなるっていうもんな、とか思ってた。

 でも、あれは、今にして思えば遺言だ。


(じいちゃん。ごめん。最後だとわかってれば、もっと真剣に聞いてたのに……)


 ダメだ。涙が止まらない。

 じいちゃんのお骨が僕の鼻水まみれになってしまう。


 長いおハシで、こっつんこ。

 じいちゃんの遺骨が、こっつんこ。


 でも、うちの場合、参列者は猛と僕しかいない。

 お骨をグルグルまわしできるほど人数そろってない。

 じいちゃんはにぎやかなのが好きだったから、さみしいんじゃないかな?


 そんなふうに思うと、また涙が出る。


「なんで、猛は泣かないんだよぉ」

「………」


 猛は歯をくいしばるばかりなり。

 兄にあたってしまった。自己嫌悪……。


 わかってるんだ。

 猛だって、ほんとは泣きたいんだって。

 でも、自分が泣くと、僕がよけいに悲しむから、ガマンしてるんだって。


 僕らはじいちゃんの遺骨を抱いて、うちに帰った。葬儀も親族だけで、ひっそり、すました。


 さて、親族も帰って、家のなかには僕と猛の二人きり。

 昨日のお通夜のときは、弔問客とかあったから、あんまり思わなかったけど。人ひとりいなくなるって、すごい不在感だ。


「かーくん。おまえ、昨日、寝てないだろ。今日はもう寝れば?」

「寝てないのは猛もだろ。僕ばっかり気遣うなよぉ。もう子どもじゃないぞ」


 猛は僕の頭をぽんと、たたいた。

 これは……子どものころ、よく、じいちゃんがやってくれたやつだ。こいつ、いつのまに、そんな技を伝授されてたんだ? 気持ちいいじゃないか。あなどれん。


「じゃあ、にいちゃんが風呂わかしとくからな。おまえはメシを作れ。いいか? 肉は外すなよ。精進料理は食いあきた」


 さすがだ。猛。食欲の権化。

 いや、わかってる。わかってるぞ。

 僕に目先の仕事をあたえて、気分をまぎらわせようとしてるんだな。


 僕らは知っていた。悲しいことになれていた。

 こうして、誰かがいなくなることに。

 最初は悲しいけど、だんだんにその気持ちも薄れてしまうことを。


 じいちゃんのことも、そのうち思い出のなかで遠くなっていく。

 そして、僕らは変わらぬ毎日を送る。

 さて、初七日がすんだころだ。兄が祖父の遺品を整理しようと言った。


「じいちゃんの部屋、八畳間だからな。おれが使うよ」

「ええっ。じゃあ、今の六畳間はどうするんだよ?」

「おまえがおりてくれば?」


 じつは嬉しかった。

 僕の部屋は二階。兄は一階。

 前はなんとも思わなかったが、二人きりだと、けっこう遠いんだ。これが。


 そんなわけで、僕らは遺品整理を始めた。

 じいちゃんが僕らに遺してくれた京町家。

 もとは死んだばあちゃんの実家だから、家具も古い。


「この和ダンスのなか、着物だよね? じいちゃんの」

「ばあちゃんのもちょっと入ってるはずだ。前に、じいちゃんが言ってたから。そこはいいだろ。じいちゃんの着物なら、おれがサイズあうし」

「いいよねぇ……猛は、じいちゃんと同じ巨人族で」


 思い出の品をあれこれ物色してると、ちっとも片付かない。


 すると、とつぜん、押入れのなかを見てた猛が、「あッ」と言った。手に変なものを持って、こっちをふりかえる。

「かーくん。見ろよ。これ。じいちゃんの隠し財産じゃないか?」


 なんか、とてつもなく古い小型金庫だ。

 和ダンスの小さいのみたいな。

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