第6話 おやすみ、アゲハ

 〜さよならを言いたくて〜




 僕には、特別なときにだけ聞こえる“声”がある。

 それは、肉親などの、きわめて親しい人物が亡くなったときに聞こえる。


 あれは、親代わりになって、育ててくれた祖父が亡くなって、まもないころだ。

 まだ初七日も来ないうち。


 僕は涙に明け暮れていた。


 兄は、なにやら法的手続きだので忙しい。

 僕は疲れて、一人、二階の自分の部屋で昼寝をしていた。


 夢を見ていた。

 夢の内容が、その現象と、まったく関係ないことは断言できる。


 なぜなら、はずかしながら、当時、書いていた小説の内容を夢に見ていたからだ。以前に書いた話の裏話的なものだったように思う。


 ストーリー性のある夢だった。

 主役級の二人が話している。


 僕は、このエピソードも、つけたせるなぁーーなんて、夢のなかで考えてる。


 そのとき、誰かが階段をあがってくる足音がした。


 あれ? 猛かな……むにゃむにゃ、という状態で、惰眠をむさぼり続ける。


 夢のなかの内容が佳境に入ったときだ。

 とつぜん、耳元で声がした。


「かーくん。墓に行こうや」


 それは、祖父の声だった。

 いつも僕に話しかけてくるときの、あったかい声。


「はい! 行きます!」


 僕は、とびおきた。あたりには、さんさんと陽光がふりそそぎ、心霊っぽいものなど、どこにもない。


「猛! 墓参り行こう!」

「え? なんで?」

「じいちゃんが、来てくれって!」

「はあ?」


 僕は首をかしげる猛をむりやり、ひっぱって、市バスに乗りこんだ。


 じいちゃんの墓は、京娘だった、ばあちゃんちの菩提寺にある。ばあちゃんといっしょに眠ってる。


 墓には、納骨のときに生けた菊の花が、まだ生き生きしていた。


 そこで、僕は見た。

 花にとまる、一匹のアゲハ蝶を。

 まるで、長い年月を飛び続けたように、その羽はやぶれていた。


「……じいちゃんが、会いにきてくれたんだ」

 僕は素直に、そう思った。


 リアリストの兄が、どう思ったかは知らない。

 ただ、ひとこと、こう言った。


「ああ。そうだな」


 僕らは、お墓に手をあわせて、うちに帰った。


 あの蝶が、どうなったかは知らない。

 つかまえようとは思いもしなかった。



 あんなに飛んで疲れてたんだもんね。


 もういいよ。


 おやすみ。


 じいちゃん……。

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