宝探しゲーム?



「なんで、ツル?」


 兄はそれを見て、にぎりこぶしを口元にあてた。

 兄が考えるときのいつものポーズだ。

 なんだろう? なんか、思いついたのか?


 やがて、猛は笑う。


「ヘタクソなツルだなぁ」

「まあ、ヘタだね。大人の作ったやつには見えない。じいちゃんが折ったんじゃないね」

「だろうな」


 でも、このツルがなんだっていうんだろう?


 僕のバカづらがおもしろかったのか、猛はさらにクスクス笑う。


「かーくんさ。このツル、見おぼえない?」

「ないよ」

「ほんとに?」

「ほんとにって言われても……」

「これ、おまえが折ったんだぞ」

「えっ?」


 そう言われてみれば、なんか、おぼえがあるような。子どものころ、猛と二人で、せっせとツルを折った記憶が……。


「あっ! じいちゃんが肺炎で入院したとき!」


 元気なジジイだったが、じいちゃんは一回だけ、風邪をこじらせた。肺炎になって、一週間ほど入院した。僕が小二のときだ。

 両親はすでにない。じいちゃんも死ぬんじゃないかと、いっぱい泣いた。入院中、子どもだけで留守番だったし、すごく不安だった。


「あのときはねぇ。ほんと、心配したよねぇ」

「二人で千羽ヅル折ったよな」

「うん。じっさいには二百羽ヅルくらいかな」


 僕は壁にかかった『二百羽ヅル』を見あげた。

 じいちゃんはよっぽど嬉しかったらしく、元気になっても、ずっと、それを部屋に飾っていた。

 赤や青やピンクのツルたち。

 今、見ると、ほんと、ヘタクソだ。

 でも、そのなかに一つだけ、千代紙で折られた、とてもキレイなやつがある。


「こいつと、つけかえたんだな」


 そう言って、猛は千代紙のツルを糸から外す。


「じいちゃんが折ったのかな?」

「そうだろうな」

「あッ! 猛。なにしてんだよ」


 猛はツルを分解し始める。

 せっかく、じいちゃんが折ったのに。


 しかし、ツルがひらかれ、一枚の紙に戻ると、そこから、別のものが出てきた。

 四つ折りにした、小さな折り紙だ。たたんだサイズは三、四センチ。それも、猛はひらく。文字が書かれていた。



 ——だいどころの、しょっきだな——



「うわぁ。ヘタクソな字……」

「これ、かーくんの——」


 みなまで言うな。わかってる。


「僕の字だろ。どうせ」

「かわいいなぁ。このころのかーくんが、一番、かわいかったなあ」

「今は?」

「今もカワイイに決まってるだろ!」


 抱きついて頬ずりしてこようとする。

 僕はそっけなく押しかえした。


「いいから、カギ、見つけよう。僕にも丹波の山奥に山小屋くらいは遺してくれてるかもしれない」

「かーくん。ずっと、兄ちゃんといっしょに住めばいいじゃないか」


 グズグズ言う猛を無視して、僕はキッチンへ急いだ。


「食器棚だね。引き出しかなぁ」


 すかさず、猛が追ってくる。


「引き出しじゃないよ。たぶん、引き戸のなかだ。天袋」

「なんでわかるの?」

「……まあね」


 何が『まあね』なんだ?


 とにかく、猛の言うとおり、食器棚の天袋をあけてみる。この食器棚も、ばあちゃん愛用だから古い和風のやつだ。

 天袋のなかには、ばあちゃんの使ってたお茶道具が入ってる……と言っても、ばあちゃん、三日坊主だったらしいが。

 天袋から、茶碗の入った桐の箱をとりだしたときだ。なぜか、僕はなつかしくなった。


(あれ? なんだろ。なんか、前にもこんなことしたような……)


 思いだせない。

 が、折り紙は見つかった。最初の箱のヒモに、黄色い紙がはさんである。

 ひらくと、今度はこんな文字が。



 ——テレビのうら——



 うーん。なんだろなぁ。さっきから、この既視感。完全にデジャブってるよ。


「さ、かーくん。行こう」


 猛に肩をたたかれ、今度は居間へ。

 テレビのうらをのぞくと、緑色の紙が見えた。


「あるある」

「あるな」


 猛はニヤニヤ笑ってる。

 こいつ、絶対、なんか感づいてる。


「兄ちゃんさあ。これ、じいちゃんとグルじゃないよね?」

「違うよ。なんて書いてある?」

「ええと……トイレットペーパーのしん」


 今度はトイレか。もしかして、ペーパー使いきって、すててたら、どうしよう。

 いちまつの不安にかられつつ、トイレに直行。

 な——ない! やっぱり、もうすてたあとだ。


 あわてる僕をしりめに、猛は土間の物入れ(古いうちなので、風呂とトイレは土間)から、買い置きのペーパーをだした。

 あっ、あった。紫色の折り紙。


「すてたかと思った……」

「じいちゃんなら、そのへんは計算してるよ。買い置き用なら、とりつけるとき、絶対、しんの内部も見るし」


 こういうとこが、じいちゃん似っていうか……。


「じゃあ、次行こ。次」


 こうして、僕らは家じゅうをかけずりまわった。

 一階から二階へ。二階から庭へ。そして、また二階ってなぐあいに。

 屋根裏。縁の下。盆栽の下。タタミの下。掛け軸の裏。額縁の裏……。


「……そろそろ見つかってもいいのに」

「いいじゃないか。楽しいだろ」

「うん。なんか、子どものころ思いだすよねぇ」


 やっぱり、そうだ。

 子どものころ、なんか、こんなことあった気がする。

 猛と家じゅうをかけまわったような……?

 うーん、いつだった?


 考えながら、コタツぶとんをめくる。

 コタツのなかには、ミャーコがいた。迷惑そうな顔で、こっちを見る。


「ごめんねぇ。ミャーコ。ちょっと、なか見せてねえ」


 愛猫のきげんをとりつつ、のぞく。

 おおっ。コタツの脚の下から水色のキレっぱしが見えている。


 僕がコタツを持ちあげると、ミャーコはアクビしながら出ていった。

 両手をのばして、つかまえようとしてる猛に気づいたせいかもしれない。猛は静電気体質なので、ミャーコに嫌われてるのだ。


 逃げたミャーコを猛は追っていく。

 ふりかえったミャーコが走る。

 猛も走る。


「何やってんだよ。兄ちゃん。こんなときに猫と遊ばないで」


 が、水色の折り紙をあけてみた僕はあわてふためいた。なるほど。これのせいか。


「猛! 絶対、ミャーコ、逃がさないでよ! 外、出させないでぇー!」


 折り紙には、こう書かれてる。



 ——これが、さいごだよ。ブッチのくびわに、こたえが、かいてある——



 ブッチは、ミャーコの前に、うちにいた猫だ。

 この場合、代理になるのは、今うちにいるミャーコしかいない。

 そして、じいちゃんが亡くなる少し前、ミャーコに新しい首輪を買ってきた。赤い色で、小さいカギのチャームがついて……いる。

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