第16話 マーガレットのつぶやき1 その二
たけるが恐ろしくなるようなエピソードを話しだす。
「おれなんか、買われてきたあと十日のうちに、三度も植えかえされたんだぜ。もうちょっとで枯れるかと思った」
「さ……三回? なんで?」
「準備不足だよ。最初の日、鉢底石も鉢底ネットもなかったんだ。ドサッと土入れただけの鉢に入れられてな。水はけ、悪いじゃないか。それでも、おれは根づいたよ。タフなのが、おれの売りだから。そしたら、かーくん(人間)、鉢の底穴、のぞいて、気づいたんだな。水が流れてないって。
で、二回めの植えかえ。ネット入れるついでに、なんと! そのへんの道端でひろってきた小石、つめやがるんだ! 鉢底石のかわりにな。信じられるか? 路傍の石だぞ。それでも、おれら根づいたよ。タフだから。
そのあと、かーくん(人間)は悩んでた。路傍の石ころをでいいんだろうかと。さすがにマズイと思ったんだろうな。何日後かな。鉢底石買ってきて、三回め、植えなおした。それでも……まあ、おれは根づいたよ。ほんと……タフだから」
ギャッ。十日で三回!
ボクなら死んじゃう!
こいつ、スゴイ根性だ。
ボクは心から、たけるを尊敬した。なんて頑丈な根っこなんだろう。
「……壮絶な体験ですね。先輩」
「まあ、おれや蘭に感謝するんだな。おれたちの犠牲があったからこそ、おまえは平穏無事に植えかえられたんだ」
そうだったのか……ボクの前には二株も犠牲が……。
「かーくん(人間)って、園芸初心者なんですか?」
「うん。ど素人。覚悟しとけよ」
がーん。
ボクの目の前は真っ暗になった。
なんて恐ろしいとこに来てしまったんだろう。
それからというもの、戦々恐々と日々をすごした。
ボクの足元から、変な赤い芽が生えてきたら、どうしよう。それもも鉢底石をとりかえるために、三回もほりかえされたら……。
しかし、案ずることなく、数日がすぎた。よかった。この調子なら、赤い芽も鉢底石も心配なさそうだ。
それにしても、毎日、グルグルとあちこちにつれていかれるなぁ。
午前中から正午は南向きの縁側。午後からは西側の窓辺だ。
なんでかと思ったら、たけるのせいだった。たけるが日向性だから、かーくん(人間)は朝一番に、自分の朝食より前に、たけるを縁側につれていく。
「さ、朝ご飯だよー。たける。お日さま浴びようね」
「うん。浴びる。浴びる。お日さま大好き」
「たけるはいっぱい芽が伸びたねぇ。元気。元気。可愛いねぇ」
かーくん(人間)の寵愛は、どうやら、たけるの上にあった。おかげで、ボクらの育成ベースが、たけるなのだ。たけるにいいことは、みんなにもいいんだと思いこんでる。
「さ、かーくんもおいで。お日さま浴びないと、大きくなれないよ」
そう言って、ボクはつねに、たけるといっしょにお日さまを求めてグルグルまわしをさせられた。
最初はよかった。まだ春だったからね。ところが一週間もすると、五月なのに真夏日がやってきた。ニュースで北海道が数十年ぶりに五月に夏日とか言ってたころだ。
朝日がまぶしい! まぶしすぎる……お日さまが凶器だ。
「たける……なんか、暑くない?」
「そうか? 気持ちいいよ。光合成し放題」
「そうだけど……」
「かーくん、買われたときからサイズ変わってなくない? もうちょい成長したら? 見てくれよ。おれなんか、ベースシュート(根元から生える太い枝)四本も増やしたし、ここの枝なんか長さ倍になったよ。このへんの縁の赤い葉っぱは全部、新芽な。成長中の証しが赤い色なんだ」
「…………」
うう……たけるが元気いっぱいなのは見ればわかるけど。なんだろう。気持ち悪い。喉もかわくし……めまいがする。花が焼ける感じ……。
と、そこで窓があいた。
「あっ! かーくん。お花が全部、ガックリしてるよ! 大丈夫?」
「あ……人間かーくん。大丈夫じゃないみたいれす……」
「おかしいなぁ。そろそろ花、枯れどきなのかなぁ」
そんなんじゃない気がするけど。
お花、咲かせてる元気ない……。
よこから、たけるがボクを
「ガンバレ! かーくん。根性だ。根っこ、ついてるんだろ?」
そんなこと言ったって……お日さまがまぶしすぎる。そうか。日射病か。おねがいっ。人間かーくん。ボクを日陰に入れてくらさい……。
人間かーくんは大雑把だが、勘はよかった。
「……もしかして、お日さま、あたりすぎたかな? 半日陰って説明書に書いてあったよね」
かろうじてボクは救われた。家のなかへ入れられ、水を与えられた。プハーッ。うまい。水。生きかえる。
人間かーくんは説明書を読みながら、ブツブツ言ってる。
「花のあいだはできるだけ長く日にあててください。日照不足だと花が白くなることがあります……か」
なに、その目?
まさか、また外に追いだすんじゃないよね? やめてよ。かーくん。ボクは半日陰性なんだよ。たけるみたいな日向ヤローとは違うんだよぉ。
ボクの心の叫びは届かなかった。
翌日もボクは、たけるといっしょにグルグルまわし。
たすけてェーッ。ダメだって。ボク、死んじゃうよ。
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