第16話 マーガレットのつぶやき1 その三



 とうぜん、ボクはクタクタ。

 人間かーくんが叫んだ。


「ああッ! また花がシュンっとなってる。やっぱり枯れどきかなぁ。よし、切っちゃえ」


 やめてェっ。違うんだよ。まだ咲けるんだって。


 しかし、無残にもボクの花は半分も切られてしまった。


「ボク……減っちゃったね」

「なんか、さみしいね」

「新しいボク咲かせないと、ヤバくない?」

「だねぇ。ボクらの最終目的は種になることだもんね」

「このままじゃ誰も種になれないよ」


 ボクの上でボク(花)たちが会議をひらいていた。

 たしかに、このまではヤバイ。

 なにより、この調子でグルグルまわしをされるのは、そうとうヤバイ。

 種どころか、これじゃ夏、越せないぞ。早く気づいて、人間かーくん!


「大変ですねぇ。かーくん。僕も半日陰性だから、気持ちわかりますよ。たけるさんみたいな体育会系といっしょにしないでほしいですよね」と、蘭さん。


「誰が体育会系だよ。花はみんな、お日さまが好きなもんだろ」


「誰も彼もが、あなたみたいに頑丈じゃないんです——って、今、僕の葉っぱにさわったの誰ッ? この××××××(蘭さんにあるまじき汚言葉おことばだったので、自主規制)! いいかげんにしないと、根っこ、ひっこぬくよ」


「蘭が怒る……蘭が……怒ったって、ひっこぬけないのに。花だから……」

「ああッ、もう! 僕に人間みたいな手があったら、今すぐ抜いてやるのにぃー!」


 夜の窓辺の会話にも参加する気力のないボクだった。

 人間かーくんに悪気ないのはわかってるんだけどねぇ。ボクが元気ないって大騒ぎしてるから。


「かーくん! 元気だして。何が悪いの? お水? お日さま? それとも風にあたりすぎたの? 肥料やけってやつ?」


 正解は二番のお日さまです……。


「やっぱ半日陰か。半日陰じゃないとダメなのかりかーくんはインドア派なんだね」


 ピンポーン!

 やった……やっと気づいてもらえた……。


 こうして、ボクは拷問のようなグルグルまわしから解放された。長かったなぁ。お日さま地獄。

 おかげでボクの花はずいぶん減ってしまっあ。新しい花、咲かしてるどころじゃなかったし。


「それにしても、なんで蘭さんはグルグルまわしされないの?」

「僕は花が咲いてないからです。人間かーくんは花がある子しか興味ないんです」


 そうだったのか。マズイぞ。

 早く新しい花咲かせないと。


 それでなくても今現在、たけるが寵愛独占中。

 なにしろ、やつはツボミを三十もつけた。正確には三十二。だてに毎日せっせと光合成してたわけじゃない。体長二十センチ足らずのミニバラで、三十二は驚異的な数だ。スゴイぞ。たける。ただものじゃない。


「わあっ、わあっ。ボクだって負けないからね。ほら見て。咲いたよ。新しい花だよ」


 新しい花はミニだった……これじゃ、ミニマーガレットだ。色も白いしねぇ。


「あれぇ? ボク、白くない?」

「白いね」

「これじゃサクラベールじゃないよね」

「ただのベール」


 花ボクたちは、のんきに笑ってる。

 笑ってる場合じゃないぞ。

 こんなんじゃ人間かーくんに可愛がってもらえない。


 ボクは必死に咲いた。花ボクも増えたし、だんだん大きくなって、ピンクも濃くなった。よしっ。ボク、可愛い。


「どう? かーくん。ボク、可愛いでしょ?」


 ところがだ!

 なんと、たけるは超人的(超花的?)離れ技をくりだしてきた。

 やつの花は赤いはずなのに、あろうことか一輪の花のなかで、半分は赤、半分はピンクというらとんでもない突然変異を起こしてきたのだ!

 ミュータントだ! こいつ、ミュータント。エイリアン。物体Xだあーッ!


「たける……スゴイよ。どうやったら、そんなことできるの?」

「一に根性。二に努力。三、四も努力で、五に光合成」


 だ……ダメだ。こいつには、かなわない。勝てる気しない。


 たけるはその後も半々の花を二つ、真っ赤を二つ、ピンクだけの花を二つ、合計七輪、ブーケみたいにまとまって咲かせた。超ゴージャス。

 おまけに、そこんとこの葉っぱが一つ、ハート形になった!


 なんかもう生のバラじゃない。神バラだ。人間かーくんはデレデレだ。


「たけるぅ。キレイだねぇ。可愛いねぇ。大好きだよぉ」


 たけるの葉っぱばっかり、なでちゃってさ。


「人間かーくん。見て! ボクだって、いっぱい咲いたよ。ツボミだって、まだまだあるよ。株もひとまわり大きくなったでしょ?」

「ムダですって。かーくん。それに適度にほっとかれるほうが幸せだと思いますよ。グルグルまわしで、こりたでしょ?」


 蘭さんは冷静だなぁ。

 でも、やっぱり買われてきたからには寵愛されたい……。


「かーくん。ほら見てぇ。ボク大きくなったと思わない? 株まわり二倍になったよぉ」


 ボクは人間かーくんの気をひこうと、けなげに頑張った。十パーセントに上がった消費税ぶんをサービスで還元しようとするレストランのような企業努力だ。

 さすがに人間かーくんも気づいた。


「あれ? かーくん。大きくなったんじゃない?」

「うん。がんばったぁ」

「お花もキレイなピンクだねぇ。可愛いねぇ」


 むふふ。葉っぱモフモフしてもらった。幸せ。


 しかし、不幸はとつぜん、やってくる。

 ある日、人間かーくんはハサミを持って、ボクの前に立った。花バサミないんで、キッチンバサミだ。

 ボクがグルグルまわしをされてたころ、多くの花ボクが犠牲になった、あの忌まわしいハサミ……。


「ちょ……ちょっと? かーくん? 何する気?」


 イヤーな予感が、そこはかとなくボクの脳裏(根っこ。植物の魂は根っこ)をよぎった。

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