念写に隠された真実的な


「あっ、なんだ? この写真。僕、怒ってるぅー。スゴイむくれ顔」


 笑えるほどに、ほっぺた、ふくらましてる。

 なんだっけ?

 こんなことあったっけな?

 小学三年くらいかな?

 ということは、猛は小六か。


 猛が小六?

 なんか、あのころ、猛と大ゲンカしたような?

 うん。おぼえてる。うっすらと。


 たしか、猛にイジワルされたんだ。

 女の子? 転校生か?

 そうそう。百花ちゃんだ。思いだしたー!


 三年のとき、お父さんの仕事の都合で転校してきた、百花ちゃん。名字は忘れた。

 髪の長い可愛い子だったっけ。目がクリッとして。

 いわゆる初恋というやつだ。


 その百花ちゃんから、思いがけずバレンタインチョコをもらった。もう有頂天だったね。

 でも、そのチョコを猛が食べちゃって。

 そうだ。それで憤慨してるのが、この写真の僕だ。


「たけるのバカ! 兄ちゃんなんか大っキライ!」とか言って、猛を悲しげにさせたっけ。


「あれって、やっぱり、ヤキモチだったのかな?」


 僕が女の子と仲よくなるのが悔しかったんだろう。

 まったく、猛のブラコンときたら。

 宇宙創生以来の困ったちゃんだ。


 僕はニヤニヤしながら、アルバムをめく——ろうとしたが、できない。


 ん? なんだ? これ?

 アルバムのページが二枚、くっついてる。


 スキマからのぞく。

 写真があるっぽいけどな。

 糊か両面テープでくっつけられてるみたいだ。


 あからさまに怪しかったんで、僕はムリヤリひっぱがした。かたい。思いきり、力をこめる。


 パリパリ、パリーン!


 とたんに、ページのあいだから、数枚の写真がこぼれおちてくる。けど、ちゃんとした写真じゃない。


 これは……猛が小学生のころ念写に使ってた、日光写真!


 日光にあてて、感熱紙に絵を焼きつけるオモチャだ。

 お父さんにどっかのお土産でもらった日光写真カメラで、猛は最初の念写をした。


 なので、ファックス用紙の切れっぱしみたいなやつが、ポロポロ落ちてくる。

 感光して、かなり薄くなってるけど、なんか、文字が写りこんでる。


 猛、こんな念写、いつのまにしてたんだ?

 僕の記憶にはないんだけど。


 文字を読もうとするんだけど、小さくて、そのうえ、かすんでる。読めないなぁ。


 でも、この文字の行列、見おぼえあるぞ?

 この部分って、写真?


 あっ、わかった。新聞だ。新聞の記事の一部なんだ。

 きっと、これを写したばっかりのときには、もっとハッキリ文字も見えたんだろうな。


(なんか、ここんとこ、僕の名前っぽいんだけど? 漢字、つぶれてる)


 なんだろう?

 僕、新聞に載るようなことやらかしたっけ?


 いや、猛の念写は未来も写せる。もしかしたら、これは未来のことかもしれない。

 東堂薫くんがノーベル賞を受賞しました——とか、ないか……。


 あれ? こっちの念写は、なんとなくわかるぞ。


 男の子と女の子のシルエットが、ぼんやり向きあってる。女の子に向かって、男の子がなんか渡してる。

 男の子はどう見ても、猛だ。この外国の子どもみたいな、クルクルまいたラーメン髪はまちがいない。


 ほかの念写を見る。

 女の子の影が叫んでる。

 余白に文字が……。


 うわッ! 殺す——とか読めるんだけど。

 怖いな。なんだ、これ。


「新聞……」


 そういえば、今朝から猛は、いやに熱心に新聞、見てたっけ。


 急に気になった。

 僕は茶の間にかけこんで新聞をひろげた。

 カサカサ音がするんで、ミャーコがよってくる。

 ミャーコと二人(一人と一匹)でのぞきこむ。


 違うな。経済面じゃなかった。ましてやテレビ欄なんかじゃない。

 急いでページをくっていた僕は、ついにその記事を見つけた。



『傷害事件で女を逮捕』



 見出しのとなりに、容疑者の写真が載っていた。

 その下の名前は……。


 小西百花——


 百花ちゃんだ。


(百花ちゃんが逮捕……交際相手を刺して……)


 別れ話がこじれていたようだと新聞記事は伝えてる。


(そっか。猛、それで……)


 自分で食べたなんて嘘だったんだ。

 あのチョコレート、猛が百花ちゃんにつきかえしたんだな。


 そういえば、あのあと急に、百花ちゃん冷たくなって、僕はガッカリしたもんだ。

 悪いことしたなら謝ろうと思った。でも、そういう余地すらないほど、完全に無視されて……。


 きっと、それでよかったんだ。

 猛は自分が悪者になって、僕を守ってくれた。

 今の僕がいるのは、猛のおかげなんだ。


(兄ちゃん……)


 ごめん。大っキライなんて言って。

 ほんとは大好きだよ。

 だって、僕ら、兄弟だもんね。


 僕はアルバムをもとどおりに貼りつけた。

 しばらくして、猛が帰ってきた。


「おかえりぃ。楽しかった? 披露宴」

「まぁな。かーくん。なに、ニヤニヤしてるんだ?」

「べっつに。猛。せっかく礼服きてるんだから、写真、撮ろうよ。念写じゃないやつ」

「えっ? 急に? 気味悪いな」

「いいから。いいから。はい。笑って」


 デジカメで撮った自撮り写真。

 二人ならんで、笑顔でピース。

 これはアルバムに貼っとかないとね。


 こうして、僕らの思い出はかさなっていく。

 一枚。また一枚……。




 了

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