見つけてしまった兄の秘密


「なんだよ! 兄ちゃん。なんで隠すの? 僕に見られちゃいけないものなの?」


 やっぱり、隠し子か?

 隠し子の成長の記録か?


 僕はハラハラ、かすかにワクワクしながら、アルバムを奪いとろうと悪戦苦闘する。


 猛が高々と手をあげると、僕には奪いようがない。まず、手が届かない。

 猛はリーチが長いから、右手と左手のあいだでお手玉されると、いいようにふりまわされるだけ。


 悲しいかな。巨人族とホビットの差異を見せつけられる。


「猛ぅー。見せろよ! 早く結婚式、行かなきゃいけないんだろ!」

「かーくんこそ、兄ちゃんが留守のあいだに、勝手に部屋あさるなんて。ひどいだろ」

「だって、猛が僕に隠しごとをぉー」

「兄ちゃんにだって人権はあるよ」


 そりゃ、あるでしょ。


「兄弟だろぉー」


 兄弟のみにくい争いに、ミギャーと叫び声が乱入してくる。押入れからミャーコがとんできた。


 いったい、いつのまに?

 やっぱり、どっか床下とかから、屋根裏に通じてるんだな。


 猫用雑誌の表紙にしたいような美猫だが、ミャーコはかなりのオテンバ猫。ハンパに毛の長い白い体躯たいくが、大きく宙を舞う。


 おみごと!

 ネコキック入りましたァーッ!

 猛の後頭部に、思いっきり。


 猛は愛猫にけられて、ダウンをくらった。わッと声あげて布団の上に倒れる。


 ああ……礼服が……しわになるじゃないか。

 昨日、せっかく、アイロンあててやったのに。


 そのすきに、僕はアルバムを奪いとった。


「ミャーコ、ありがとう!」

「みゃっ」


 ふっふっふっ。

 ミャーコは僕の味方だもんね。

 きっと、猛が僕をいじめてると思ったんだ。


「わッ。よせ! ダメだって——」

「あまーい。もうひらいちゃったもんねぇ」


 アルバムをひとめ見て、僕は「うッ」と声をつまらせた。


 なんだ、これ!

 隠し子より始末わるい。


「兄ちゃん……」

「だから、見るなって言っただろ! 返せよ。それ、兄ちゃんのだからな」


「……兄ちゃん。これ、念写だよね?」

「自分の特技を趣味にいかして、何が悪いんだ?」

「いや、これもう、ストーカーだから」


 アルバムに貼られてたのは、全部、僕の写真だ。

 あんぐり口あけて昼寝してるの。

 セミを追っかけて、オシッコかけられたの。

 うぎゃッ。子牛に人間が襲われてる地獄絵図、描いてる僕もいる!


 なんと、猛は念写で過去の僕を撮りまくっていた。

 兄ちゃん。キモイ!


「兄ちゃん、こんなことに念写能力、使ってたのッ? こんなんなら、ロト7の予想に使おうよ! そっちのほうが断然、生活に役立つから」


「それは犯罪だろ? 未来が百発百中で当たるなんてこと、他人に知られたくないしな」


「だからって、これはムダすぎる。ムダ。ムダ。ムダ。ムダ。ムダ。ムダ。ムダ。ムダ。ムダ。ムダ。ムダ。ムダ。ムダ。ム…………」


 はぁはぁ。

 思わず、某有名マンガのまねしちゃったぞ。


「ムダじゃないよ。かーくん」


 真顔になって、猛は僕の手からアルバムをとりもどす。


「見ろよ。このかーくん。天使だ」


 どこがムダじゃないというのか?

 いい話に持っていこうとしてるみたいだけどさ。

 弟がソフトクリーム持ったまま、ころんだ写真見て、天使だとか、ぬかしてるんですけど。


「ねえ、兄ちゃん。正気に戻って! こんなんだから、彼女にふられるんだよ?」


「別にかまわないよ。最初から結婚前提でつきあってないし」


 なんで、こんなにあっさりしてるんだ。

 猛は自分がモテること、自覚してるからな。

 来る者こばまず、去る者おわずか。


「ほら。見ろ。かーくん。これ、じいちゃんと植物園、行ったとき」

「あっ。ほんとだ。ウサギ、可愛かったなぁ」

「かーくんのほうが可愛いぞ」

「いや。今の状況だと冗談に聞こえないし。あっ。これ、びわ湖の花火、見に行ったときだねぇ! キレイだったよね。音がデッカくてビックリした」

「また行くか」

「いいけど。男二人で行くのむなしい」


「ああっ、ヤベ。ほんとに遅刻する。じゃあ、兄ちゃん、行くからな」


 猛はアルバムを置いて出ていった。なかみ見られたから、あきらめたらしい。


 一人になった僕は、猛の撮った念写写真をじっくり、ながめる。


 こうやって見ると、ほんと、いろいろあったなぁ。

 いつもは忘れてるけど、たまに見ると楽しいもんだ。


「ああ、これは、じいちゃんと猛と三人で、伏見稲荷に行ったときだ。こっちは夏休みに、親せきのうちに泊まった」


 僕の写真ってことは、たいてい、そばに猛がいる。

 そういえば、このソフトクリーム持って、こけたとき。

 猛が自分のをくれたんだっけ。


「ほら。かーくん。おれのやるよ。だから、泣くなよ」

「兄ちゃんと半分こするぅ」

「うん。半分こな」


 ソフトクリーム……うまかった。


 花火のときは、僕が迷子になって、わんわん泣いてるとこに、猛が走ってきたんだ。


「にいちゃーん」

「だから言ったろ。手、はなしちゃダメだって」


「だって、花火がキレイだったんだもん」

「かおる一人じゃ、うちまで帰れないだろ」

「うん」


「もう手、はなすなよ?」

「うん」


 すごい人ごみだったから、じいちゃん見つけるの大変だった……ような気がする。

 でも、安心だった。

 猛がいたから……。


 ううっ。僕、ほんとに、猛に助けられてばっかだな。

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