第16話 マーガレットのつぶやき1 その四
ハサミを手にしたまま、人間かーくんは考えこんでいる。
「そろそろ切りもどすべき? いや、でもまだ早いかな? こんなツボミ残ってるもんな。説明書には花が全部終わってからって……うーん、どうしよう?」
「え? 切るって? まさか、ボクを切る気? ウソでしょ? なんで?」
そう言えば、昨日の夜、人間かーくんは園芸番組をくいいるように見てたっけ。宿根草の切りもどしがどうとかって……も、もしかしてボク、宿根草か?
「やっぱり切ろう。いつかはやらないといけないし」
「やめてェーッ! ボク、咲いてるよ。ツボミも残ってるよ。切らないでェッ」
ボクの叫びは例のごとく、人間かーくんには届かない。
迫りくるハサミ。
きらめく刃。
ああッ、そして、ついに!
チョッキーン——
遠のく意識のなかで、古い歌謡曲のメロディーが響きわたった。替え歌で。
切られても (コーラス)切られても
好きな人 (コーラス)好きな人
切られても (コーラス)切られても
好きな人 (コーラス)好きな人……
——ハッ! いったい、どれほどのあいだ気を失っていたんだろう。
恐る恐る自分を見ると……ああっ、哀れ! ボクの半分(の枝)が半分(の長さ)になってる!
ヒドイよ。かーくん。せっかく、かーくんが喜ぶと思って、いっぱいツボミつけてたのに……ぐすん。
かーくんのバカ。どうせ、かーくんは、たけるのことしか可愛くないんだ。ボクのことなんか、どうだっていいんだ。
ボクはメソメソ泣いた。いじけた。ふてくされた。
「ああ……なんていうか。ガンバレ。かーくん」
「ドンマイですよ。かーくん」
たけると蘭さんはなぐさめてくれたけど、ボクの傷ついた心は癒されない。
ああ……やっぱり、ぬか床を見た瞬間から、なんか違うなと思ってたんだよね。
ボクは間違った人に買われてしまった。
ボクのほんとのお母さん(お父さんと言うべきか?)は別の人だったんじゃない?
お母さーん。ボクはここだよー。
もう人間かーくんにはついてけない。虐待反対!
これ以上ないくらい、すねモードのまま、ボクは数日をすごした。
なんか、人間かーくんもあんまり、かまってくれないし。
かーくん、朝から晩まで忙しそうにしてるけど、何してるんだ?
あれほど熱心に世話してた、たけるのことさえ、ちょい、ほっとき気味。
見れば、新しい苗にせっせと水をやってる。
ヒドイ! ボクのこと、ちょんぎっといて、飽きたらもう新しい苗か!
やっぱりボクのことなんか、どうだっていいんだ。
ボクは本格的に号泣しようと、悲しい気持ちをかみしめた。
そのときだ。
人間かーくんは言った。
「はい。かーくん。お水ですよぉ。がんばって根づかせようね」
ふん。新しい苗は、かーくんね——って、かーくん? 変でしょ。かーくんはボク。
疑問に思って、よく見れば、バブバブ言ってるチビたち(六芽)は、どっかで見たような……?
あれ? そいつら、ボクの小さいころにそっくりなんですけど。うん。間違いない。どう見てもサクラベール。どういうこと?
「チビかーくんたち、葉っぱピンピンしてきたねぇ。根っこ出てきたかなぁ? 大きいかーくんみたいに成長しようねぇ」
ハッ、もしや、これはボクですか?
ボクのクローン?
もっと園芸的に言えば、挿し芽。
切られたほうのボクか。
かーくん……ボクの切り花、捨てずに育ててたんだ。
ボクは感動した。
その夜、人間かーくんは語った。
「ごめんね。かーくん。切りもどし、まだ早かったね。テレビのやつ、もっと枯れてたもんね。かーくんは青々してるなぁ。葉っぱがむれるっていうから切ったんだけど」
なんかよくわからないけど、ボクのためだったのか。
「いいよ。やっぱり、かーくんがボクのほんとのお母さん」
ボクの声、聞こえたのかな?
人間かーくんは黙って、ボクの葉っぱをモフモフしてくれた。
さて、切断手術のせいだろうか。
むしむし暑い日本の梅雨。
ボクはとっても快調だ。
葉っぱのあいだに風が通って気持ちいいね。根元までお日さまあたるしね。
たけるは葉っぱがむれて白い粉がふくって、かーくんが騒いでた。
超人(超花)みたいなたけるも湿気は苦手なのか。
ボクはちょっぴり優越感。
「かーくん。このごろ元気ですね」
「うん。自分でもビックリの絶好調」
「僕も新芽、出したんですよ。見えます?」
「ごめん。蘭さん。雑草に埋もれて、見えない」
「ああ、やっぱり! こいつら邪魔。どっか行けよ。行っちまえ!」
蘭さんのその願いは、まもなく叶えられることになる。
蘭さん分鉢事件(ていうか、たけるのとばっちり事件)だ。
しかし、これは次回のつぶやきにまわそう。
とにかく、わかったのは、この家では寵愛されるほど手ひどいめにあうってこと。
いいよ。耐えるけどね。愛されてるのは、わかったから。
ボクと、たけると、蘭さんの受難の日々は続く……。
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