第四話 あれも、地下鉄……

第4話 あれも、地下鉄……



 そういえば、こんなことがあった。


 そう……あれは、地下鉄に乗って、京都駅に向かったときの話だ。僕が二十歳くらいのときだっただろうか?


 家は五条。

 いつもなら、五条駅から乗るのだが、その日は、なぜだったか、四条駅から乗りこんだ。


 四条から京都駅までは、ふた駅。

 夕方で、そこそこ、混んでいた。

 座席は全部、うまっていたので、僕は入口近くに立っていた。


 べつに、どうってことない日常風景だ。

 学生もいれば、サラリーマンもいる。OL風のお姉さんも。みんな、家路を急いでる。あるいは、僕みたいに帰宅前に買い物か?


 京都駅は、いろんな路線のまじわるターミナル駅だ。

 地下鉄で、そこに向かう人々も雑多。


 目の前のお姉さん、ちょっと美人だなぁ。

 でも、痴漢にまちがわれるとヤダから、両手で、つり革、しっかり、にぎってないとな。


 車内は、そんな心配しないといけないほどの混みぐあい。


 ああ、いっぺんでいいから、がら空きの電車、乗ってみたいーーなどと考えたのが、いけなかったのか?


 まもなく、車両は五条駅についた。


 五条も乗り降りの多い駅だ。

 ぞろぞろと人の行列がおりていく。

 そして、ぞろぞろと人の行列が入ってくる。


 降りた人より、乗った人のほうが多いかも?

 なかなかの乗車率。


 ところがだ。


 最後のほうで乗りこんできた、おじさんがいた。

 スーツ姿の、かっぷくのいい、五十年配の普通のオジさんだ。


 くりかえす。

 ほんとに、どこから見ても、サラリーマン風の普通のおじさん。


 おじさんは、僕の顔を見るなり、絵に描いたように“ハッ”とした。まるで、リアクション芸人が熱湯風呂を見たときの反応。


 そして、いきなり、おじさんはーー


 どうしたと思いますか?

 くどいようですが、これは、ほんとにあった話です。


 一、「わが子よ」と言って、抱きついてきた。


 二、「ねえちゃん、おいちゃんと茶でも飲みに行かへんか?」と、ナンパした。


 三、「強く生きるんだよ」と言い残し、ぽんと肩をたたいた。


 正解は、三番!ーーが、もっとも近いかな?w


 なんと、おいちゃんは、僕の真正面に立ち、いきなり合掌した!

 そして、目をとじ、なにやら神妙な顔で黙祷(?)しだした。


 硬直する僕!

 さあっと、引き潮のように、ひいていく周囲の人々!


 あれ? 満員電車って、その気になれば、こんなに空くんだぁ~


 おいちゃんと僕のまわりに、一メートルくらいの空間ができた。


 みんなの視線が痛い!

 違う。違うんでふ。(思わず、でふる)

 僕は何も悪くない……。


 あきらかに、みんなは、僕も、おいちゃんも同一視。

 変人を見る目つきだ。


 針のように痛い視線に刺されつつ、列車は進む。


 数分がすぎた。

 長い数分だった。

 あの瞬間は“永遠”につながっていた。


「きょうと~京都駅に到着します」


 ようやく、次の駅についた。

 おいちゃんは、くるりと背をむけ、何事もなかったかのように去っていった。




 ひとこと言って、いいですか?


 おいちゃん。

 あのときのことが、今でも気になってます。

 いったい、僕のうしろに何が見えたっていうんですか?

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