東堂兄弟の短編集

容疑者かーくん！

　＊

　みるみるうちに、家庭科室の前は人だかり。

「おれ、見たんだよ。なんか黒い服の女だった」と、主張する二年の生徒Ａ。申しわけないがその他大勢だ。

　僕は人垣にかこまれて、針のむしろ。

「違う。僕じゃない！」

　主張するが、信じてもらえない。

　と、そこへ、やつが来た！

　猛が——ついに、猛と鉢合わせしてしまったぁー！

　猛はまじまじと僕を見つめた。だんだん、目がうるんでくる。

　ど、どうしよう。バレる……。

　そして、兄は言った。

「君、名前は？」

　はあッ？

　あきれはてて声も出ない。

　まさか、僕が弟だと気づいてないのか？

「可愛いなぁ。亡くなった祖母の若いころの写真にそっくりだ」

「…………」

　どうやら、気づいてないらしい。

「東堂先輩。それどころじゃないんですよ。これ、見てください」

　生徒Ａは僕が猛の弟だと知らないようだ。

　いや、単に、こいつも僕が誰だか気づいてないのか。

　僕がメイド服きせられてることは、クラスのみんなしか知らないもんな。

「これはヒドイな。さっきガラスの割れるような音がした。これだったのか」

　猛は教室内を見まわす。

　生徒Ａが事情を語り、猛はにぎりこぶしを作って考えこんだ。

「黒い服ね。じゃあ、はっきりメイド服とは断定できないんだな？」

「はい、まあ」

「このなかに黒い服の女は三人いる」

　容疑者は三人ってことか？

　猛が指さしたのは、まず僕。

　次に泣いてる手芸部の女子。手作りの黒いワンピースを着てる。胸のところにデッカい白ぬきのハート模様があるから、遠目にはエプロンつけてるふうにも見える。

　あれ？　これって、ホニャちゃん模様のワンピースか。

　最後に、人垣のなかにまぎれた女の子——

　あの子だ。他校のブレザー。

　まだ、いたのか。

　女の子はギュっと、手の内のホニャちゃんマスコットをにぎりしめた。

　どうしよう。僕もホニャちゃん、にぎりしめようかな。

　と思って、ポケットに手を入れる。

　が、マスコットがない！

　エプロンのポケットに入れといたはずなのに。家の鍵だけが入っていた。

　おかしいな。どこでなくしたんだ？

「ああッ！」と、生徒Ａが大声をだす。

「東堂先輩！　これ、見てください。遺留品です！」

　遺留品……ムダにサスペンス調。

　生徒Ａが指さしたのは、こなごなドールのすぐそばに落ちたホニャちゃんだ。

「あっ、僕の！」

　思わず叫んでしまった。

「やっぱり、こいつっすよ！　こいつが犯人や！」

　ウルサイなぁ。生徒Ａ。

　エキストラとして抜群の働きをしてる。

　猛は無言で、落っこちたホニャちゃんをひろいあげた。しばらく見つめたあと、僕のほうにさしだしてくる。

「これ、ほんとに君の？」

　渡されたホニャちゃんをよーく見る。いや、よーく見るまでもなく、僕は気づいた。

「あれ？　違う。僕のじゃない」

　そう。僕が鍵につけてたホニャちゃんには、ある特徴がある。白いフェルトのハートマークのなかに、薫のイニシャルＫが記されている。

　猛のイタズラだ……。

「ほんとは、かーくんって書こうとしたんだ。けど、おさまらないんだよな」とか、ぬかしながら。

　したがって、僕のホニャちゃんは、ホニャＫだ。

「僕のじゃないよ。これ。Ｋって書いてない」

　なにげにキョロキョロして、僕は見てしまった。

　他校の子がにぎりしめてるホニャちゃん。ハートにＫのマークが……。

「ああッ、僕のホニャＫだー！」

　えっと、おどろきの声をだし、女の子はホニャＫをとりおとす。それを猛がキャッチ！

「どうぞ」

「うん。これ！　これが僕のホニャＫ」

　となると、逆に女の子のホニャはどこに？　さっきはブレザーのポッケから、はみだしてたよね？

　みんなの目が女の子に集中する。

　しかし、猛だけは違うね。

　なんか、天窓とか、教室のすみずみとか、変なとこばっか見てる。

　そのとき、どっかから、また、あの声が聞こえた。

「ホニャーん」

　霊だ。ホニャちゃんの霊が鳴いている！

　猛が急にクスクス笑いだした。

「そういうことか」

　どういうことだよ？

「君、レジ袋、持ってない？」と、猛は僕にむかってたずねてきた。

　ふつうの高校生は持ってないだろう。

　だが、僕は持っている。

　ガキのころから、一家の主夫だからね。

　学校帰りにスーパーで買い物、あたりまえ。さらにはレジ袋持参で、スタンプまでためこんでる。三角にたたんでポッケに入れとけば、いざってときに役に立つ。

「はいよ」

　僕のさしだすレジ袋をひろげ、猛はそれで、カサカサ音をたてた。

「ホニャーんッ！」

　ひときわ大きな鳴き声がして、天窓から猫がとびこんできた。着地地点は——展示物のならんだテーブルの上……これって？

「もしかして……」

「そうだよ。犯人はこの猫だ」

　猛に首ねっこ、つかまれた黒猫。そのおなかには白いハート型のもよう——

　ああっ、ホニャちゃん！　と叫ぼうとしたとき、さきをこされた。僕のよこで女の子が。

「ハツ！　ハツぅー！　探したよぉー！」

　は……ハツ？

　それって牛の心臓か？

　女の子は猛の手からホニャちゃんをうばいとり、抱きしめる。ホニャちゃんは優しく「ほにゃん」と鳴いた。

「つまり、こういうことなんだよ」と、猛は説明する。

「この子は、迷子になった飼い猫をさがしていた。たまたま通りかかったこの学校で、自分の猫そっくりなマスコットが売られていた。それで、マスコットを作った手芸部の教室を探していた」

　女の子がうなずく。

　僕は猛に聞いてみた。

「でも、じゃあ、ホニャちゃんは、なんで人形を壊したの？」

「もちろん、猫がわざと壊すわけない。さっきの着地点、ちょうど、あの人形のあった場所だな？　いつもは、あのテーブルの上に展示物なんてなかったんだ。いつもの調子でとびおりたら、運悪く人形が壊れた。音におどろいて、ホニャは教室から逃げだした」

「いつものって、なんで……」

「ホニャの人形を作ってたんだろ。手芸部。みんなで迷い猫にエサやって可愛がってたんだ。そうだよな？　古手川」

　泣いてた手芸部員がうなずいた。

　そうか。古手川さんっていうのか。猛は守備範囲広いなぁ。

「教室のいたるところに猫の毛が落ちてる。ホコリの上に足あともある。けっこう長期間、猫が出入りしてた証拠だ」

　そうか。それで、すみずみチェックしてたのか。

　古手川さんは頭をさげた。

「ごめんなさい。ホニャちゃんが可愛かったから、つい。飼い猫かな……とは思ったんやけど」

「ホニャやないです。ハツです」

　他校の子は口をとがらせる。

　あははと笑って、猛が言った。

「どっちでもいいよ。この猫が、みんなに愛されてるってことだろ？　ええと、君？」

　猛に問われ、他校の子は名乗る。

「藤枝です」

「藤枝さん。きついこと言うけど、飼い猫が迷ったのには飼い主の管理の責任もある。古手川たちが世話してくれなかったら、この猫は死んでたかもしれない。隠してたことはゆるしてやってくれよ」

　藤枝さんは吐息をついた。

「……そうですよね。すいません。マスコットを見たとき、ハツをとられたと思ってしまって。カッとなりました。でも、ハツにまた会えて、よかった！」

「じゃあ、次は古手川。教室に猫を出入りさせてたのは自分たちだ。作品が壊されたのは、ある意味、自業自得だよな？　飼い主を探さなかったって負いめもあるし、チャラにしてくれるよな？」

　古手川さんもうなずいた。

　よかった。無事、円満解決だ。

　ホニャ実物は藤枝さんにつれられて、笑顔（？）で帰っていった。

「さすが、東堂先輩！　スゴイ」

「カッコイイ……」

「伝説の名探偵！」

　とりまきに褒めちぎられて、猛も去っていく。

　よかった。バレなかった。

　それはそれで、ちょっと悲しいものがあるが、まあよしとしよう。

　これで僕の高校生活は安泰だ。