第十話 兄の秘密

絶対、あばく!

https://kakuyomu.jp/users/kaoru-todo/news/16816927863337849511挿絵



 僕の兄には秘密がある。

 誰にも言えない秘密だ。

 今のところ、この秘密を知ってるのは、僕と兄だけ。


 兄の秘密?

 それは——念写だ。

 あっけなく告白するが、事件はここから始まる。


 兄は生まれつき、念じたことを写真に撮ることができる。それは現在のみならず、過去、未来においてもだ。他人の思考とかも写せるし、自分の知らないこと、見てないことも念じれば撮れる。


 つまり、明日の午後四時すぎ、弟は何してるかなぁ、と念じれば、その瞬間の写真が撮れる。


 そのとき、僕が「小腹へったなぁ。兄ちゃんにナイショでアイス食べよっかな」なんて不埒なことを考えてたとしよう。

 それが写真の上に、くっきり、文字になって焼きつけられるのだ。


 便利。超便利。

 便利だが、悪用されると、とても困った能力でもある。

 まあ、兄の猛は高潔だから、悪用なんかしないけどね。


 よく考えれば、あさって発売のロト7の当選番号はなんだろう——とか撮れたら、その一枚で億万長者に……。


 …………ハッ! ダメ。ダメ。

 かーくん、それはいけない考えだよと、僕は自分を戒める。

 兄の能力はそんなことのためにあるんじゃない。世の中を救うためにあるんだ。きっと、うん。


 さて、長年、親がわりになって僕らを育ててくれた祖父が亡くなって、しばらくのち。

 祖父の部屋を兄が使い始めていた。


 僕は大学を卒業して仕事にもつけず、ヒマを持てあましていた。いちおう家計の足しにコンビニでバイトはしてたものの、週四日、六時間勤務だから、余暇が多すぎる。


 ヒマつぶしに、僕は兄の部屋を掃除していた。

 八畳の和室。

 家具は全部、祖父が使ってたころの古風な和調だ。和ダンスとか、衣紋掛けだとか。飴色の座卓。


 兄の部屋はつねにキレイだ。ムダなものがない。


 なんか猛は私物を持たない主義なんだよね。

 服なんかも必要最低限。


 梅雨どき、洗濯物がかわかないときなんか、着替えがなくなって、じいちゃんの浴衣を着ることも……。

 たのむ。猛。いくらサイズがピッタリだからって。浴衣のほうが洗うの大変なんだからね。着るんなら、最近の洋服にしてくれ。


 ともかく、そんなふうに、兄の部屋はいつもキレイだ。

 なのに、なぜ、ここを掃除しようなんて思ったか?


 それにはわけがある。

 兄のようすが、なんか、おかしかった。前に使ってた部屋から、こっちに移るときのことだ。


 僕が二階の部屋から、もとの猛の部屋に移る予定だった。だから、二人で作業するほうが、だんぜん早い。


 なのに、

「手伝おうか? こっちの押入れのなか?」


 とか言って、ふすまをあけようとすると——

 猛がうろたえた。


 おかしい。これまで猛があせってるとこなんか、見たことない。

 猛はいつでも、ドンとかまえてる男だ。多少のことでおどろいたりしない。


 僕と違って、裏の竹やぶが、ガサッと鳴ったからって、「オバケー! 妖魔退散!」なんて、わめいたりはしない。

 そういうときは、冷静に外を見る。

「かーくん。となりのミケが侵入してきただけだよ。ミャーコが怒るから追いだしとくな」


 こういう男だ。

 ちなみに、ミャーコはうちの愛猫。


 その猛が妙にあわてて、僕の前に立ちふさがった。ふすまをあけようとする僕の手を片手で押さえる。


 スゴイね。

 ダンボール二箱、片手で持ってるよ。こいつ。


「おれの荷物は少ないから。かーくんは自分の部屋、整理してきな」


 ……怪しい。何か隠してる。


 僕の直感が、これでもかってほど自己主張する。


「わかった」


 そのときは、おとなしくひきさがった。どうせ、見せろったって、素直に見せてくれるわけがない。


 はて?

 これまで二十二年の人生で、兄が僕に隠しごとしたことが、はたしてあっただろうか?


 僕はあるよ。

 兄ちゃんに見せられない点数のテストの答案とか。

 図画工作の時間に、家族の似顔絵を描いてくださいと言われて、なんか子牛が人間を襲ってるみたいになってしまった絵とか。


 あれは当時、うちにいた、ぶちもようの飼い猫が、猛の背中にぶらさがってるとこ描こうとしたんだけど……。


 小学一年生には難しすぎる題材だったか。


 しかし、兄は子どものころから完璧だった。

 テストは百点。悪くて九十点。

 スポーツは万能だし。

 超イケメンだし。


 この兄が僕に何かを隠している……。


 なんだろ? じつは隠し子でもいるんだろうか?


 そういえば、そういう意味では、兄の私生活を知らないな。何人かつきあってた女の人がいたことは知ってる。けど、みんな、最終的には別れた。


「あれ? 今日、彼女とデートじゃなかったっけ?」

「ふられたよ」

「なんで?」

「ブラコンは嫌いだってさ」


 この会話を何度くりかえしたことか。


 そりゃね。彼女の誕生日より、弟の参観日を優先させるようじゃ長続きはしないよね。


 猛のブラコンは、ただのブラコンじゃない。異常愛の域だ。僕に好きな子できただけで、ジャマしてくるんだから。


 弟が僕でなきゃ、とっくに愛想をつかしてたことだろう。


 その兄が……その兄が、僕に隠しごと——


 絶対にあばいてやるっ!

 ゆるさないんだもんね。

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