第九話 エメラルドグリーンの海

第9話 エメラルドグリーンの海

 〜天国に一番近い海〜




 親がわりになって育ててくれた祖父が亡くなって、半年ほど経ったころ。


 こんな夢を見た。


 夢だということは、わかっていた。

 僕の見る夢のほとんどは、明晰夢というやつだ。

 つまり、これは夢だぞと、自覚しながら見る夢のこと。


 バスに乗って、僕は、どこかへ向かっていた。

 新緑の萌える山道をバスは走る。


 バスは満席。

 みんな、のんびり、くつろいでる。


 まもなく、外の景色が変わった。

 海だ。海が見える!


 うわぁ、なんてキレイな海なんだ。

 どこのパラダイスだ?


 まるで南国の旅行パンフレットの表紙をかざる写真のようだ。


 みごとなまでに透き通る、エメラルドグリーンの海ーー


 さんさんと、ふりそそぐ陽光のなか、僕はバスをおりた。

 すると、そこに立っている人が、こっちに向かって手をふった。


 祖父だ。


「おお、かーくん。よく来たな」

「わーい。じいちゃん。元気だったー?」


 元気かも何も死んでるのだが。

 夢のなかでは、それをふしぎと思う認識はない。


「おお、元気だぞぉ。このとおり」


 たしかに、どこから、どう見ても元気そのものだ。


「いいとこだねぇ。ここ」

「そうだろ? さっ、かーくん。おいで。サザエのつぼ焼き食わんか?」

「うん。食う!」


 そこは海水浴場のようだ。


 バスの窓から見えた南国のような美しい海辺を、リゾート地のように、多くの人が、かっぽしている。家族づれが多い。出店も、たくさんある。


 なんだか笑っちゃうほど俗っぽい。

 なんというか、バスのなかから見たときは、もっと神秘的な海を期待してたのに。


 でも、こういうのも楽しい。

 ひさしぶりに、祖父と、いろんな話に花が咲いた。


「あっ、じいちゃん! あれ、なんなの?」

「おお、あれかぁ」


 砂浜まで歩いていくと、いやにスゴイ人だかりだ。


 美しいマリンブルーの海から、コロコロと何かが次々に打ちあげられてくる。

 大波小波が打ちよせるたびに、波間から、ころがり出てくるのだ。


 みんな、それを大喜びで追いかけて、集めていた。


「うん。あれか? あれは、うまいぞ」


 ウマイのか!


 たしかに、ひろった人たちは、それを七輪で焼いていた。


 よく見ると、ウニだ。バフンウニ。

 だが、並みのサイズじゃない。

 普通サイズの十倍……いや、二十倍はデカイのか?

 ものによっては、風呂屋のタライくらいにデカイ。


「かーくんも欲しいか?」

「うん。欲しい!」


「じゃあ、つかまえよう。好きなだけ食べてもタダなんだぞ」

「わーい!」


 僕は子どもみたいに無邪気にウニを追いかけまわす。

 だが、こいつ、意外と、すばやく、なかなか捕まえられない。


 そのとき、アレが来た。


(あ、ヤバイ。もうすぐ、目がさめるぞ)


 夢の世界が遠くなっていく予兆みたいなものだ。

 なんとなく、世界と自分のつながりが希薄になっていくのが感じられる。


 本体の僕が覚醒しようとしている。


 すると、じいちゃんが、ヒョイとウニをつかまえてくれた。ちょっと小型だが、じいちゃんは、パコンと、かるがる、ウニのからをこわす。


「ほら。かーくん。うまそうだろう?」

「わーい!」


 完全幼児化しつつも、ちゃっかり、ウニは食べる。

 そのとき、僕は最初で最後の体験をした。


 ほんとに、ウマかったのだ。

 ウニの甘みと濃厚なコクが、口いっぱいにひろがった。


 夢のなかで味を感じたのは、このときかぎりだ。


 味わったとたんに、じいちゃんの姿が、ぼんやりし始めた。


「じいちゃん。今、楽しい?」

「ああ。ここは、いいとこだからなぁ。毎日、楽しいよ」


 そうか。よかった……。




 僕は布団のなかで目をさました。

 とても幸福な気分。


 すっと、ひとつぶ、涙がつたいおちた。


 天国って、ほんとにあるんだね。

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