第17話 起きたら三年経っていたでござるの巻


(暖かい)


光はまどろむ意識のまま不意に思った。

まるで高級な毛布に包まれているようだ。


いや毛布と言うよりは母に包まれているような感覚。


(こんなかんじだったっけ……)


わからない。

もうはるか昔の話だ。


少しずつ意識が覚醒していく。

ずっと誰かが自分を呼んでいた気がする。


薄っすらと眼を開ける。


(眩しい)


どうやら自分は外にいるらしい。

回りには金色の鮮やかなモフモフが自分を包んでいる。


ゆっくりと身体を起こす。

するとそのモフモフの何かもピクッと動く。 


(生き物だこれ……)


光の身体が影に包まれる。

ぼんやりとした意識のまま上をみると眼があった。


「デカ」


そのままの感情が口から出た。

回りを包んでいた金色のモフモフは超巨大なゴールデンレトリバーだった。


(大型バスくらいある巨大ゴールデンレトリバー……)


自分でも何言っているかわからない。

なんなのだろうこの状況は。


唐突に超巨大なゴールデンレトリバーがゆっくりと立ち上がった。

立ち上がった姿は座った姿よりももっと大きい。


そして超巨大なゴールデンレトリバーは天に吠えた。

暴風が光を襲った。


「うわあ」


思わず両耳に手を当て耳を塞ぐ。


(なんつー遠吠えだ)


距離だけではない。その遠吠えには誰かを想う精一杯の感情が乗っているように思えた。なぜか目頭が熱くなる。


犬が遠吠えを終えた後、その顔を光に近づけてきた。

人間並の舌が視界いっぱいに広がる。


「ちょ、やめっ」


舐められてる。

思わず抵抗するもどこか懐かしい感覚だと光は思った。


その感触が呼び水になってすべての曖昧だった記憶は呼び戻される。


「……サン?」


サンはその声に”そうだよ”と”声”で答えた。









「起きたら三年経っていたでござるの巻」


世の中には珍しいこともあるもんだなあと僕は現実逃避をする。

そう、目の前にいる超巨大ゴールデンレトリバーはサンだった。


なぜ三年経っていたと分かるのか。それはサンが残していた爪痕に理由がある。

石造りの壁。そこには小さな十字傷が一瞬では数えきれないほど存在していた。


まさしく爪痕。”声”で詳細を聞けば太陽が登ると傷をつけているとのこと。

縦の列を指さしながら数える。12個の十字傷。

横の列を指さしながら数える。45個の十字傷。


そして昨日刻まれた一つの縦線。


1081個の日付を示した爪痕。


僕が意識を失って約三年の時が経過していた。

意識を失って?。


いや、ただ自らの心の中に引きこもっていただけだろう。

外に出たくなかったのだ。


自分以外誰一人いなくなった世界に絶望して。


「ごめんな」


僕の目の前にあるサンの顔を撫でる。

僕の体躯を超えるサンの顔。


頭にすら簡単に乗れそうだ。


本当に大きくなったな。


意識して”能力”を使う。

サンの三年間の記憶が流れてくる。


「守ってくれてたんだな……」


崩壊前の世界では考えられない動物たち。

巨大化した狼や、再生する鳥。


その変化した生き物達との戦いの記憶。

僕だった”殻”をまるで我が子のように守りながらの生活。


「ありがとう」


そんな言葉だけでは足りない。

それが痛いほど伝わってくる記憶。


「ありがとう……本当にありがとうっ」


こんなにも真摯な愛情を向けられたことは母親以外にいない。

思わず涙が溢れる。


自分のバカさ加減に心底呆れる。

この引きこもりのクソニートが。


ばしっと自分の頬を叩く。


「じゃあ精一杯生きるしかねえか」


身体にそこしれない活力が湧く。

楽しもう。


そして精一杯生きよう。

この限りない命を。


それが今まで僕に寄り添ってくれたサンへの感謝だ。










凝り固まっていた背筋を伸ばす。

そういえば、と僕は回りを見渡した。


ここはどこなんだろう。


先程見たサンの記憶を思い出す。


「え」


サンの記憶では家から離れていないはずだった。

回りを見渡す。


残骸。

超巨大怪獣にでも踏み潰されたような家の残骸がそこら中にあった。


あ、これ僕たちの家じゃん……。


「悲報、三年眠ってたら家がなくなってた件」


思わず掲示板でスレ立てたくなる気分だ。

って。


「うわあ、やべえ」


ゲーム。

家の残骸をどかして、僕の家の家宝であるゲームを探す。


それはすぐに見つかった。

粉々に破壊された形で。


「おっふ」


思わず膝と両手を地面につき、ずーんと沈む。

僕の半年の結晶が。


サンがそんな僕を心配そうに見る。


「うっ、なんでもないよ」


涙をこらえながら答える。

といきなりサンの雰囲気が変わった。


立ち上がり、牙を見せ遠くを睨みつけている。

大きさはともかく形はゴールデンレトリバーのはずなのに、とても怖いです。


僕もサンが睨みつけている方向を見る。


そこにはいた。


「蟹の大群?」


数百メートル先。そこには身体が自動車くらいある蟹が数百匹ほどの群れをなしてこちらに向かってきていた。


「ひええ」


なんだよあれ。

どこかのゲームで似たようなの見たことあるぞ。


まあ、いいか。肩慣らしにはちょうど良い。


「サン」


優しく呼びかける。僕がいくよと何となく伝える。

サンが吠える。


ふふっと笑う。僕が引きこもっている間に、うちの犬はどうやら随分過保護になっていたらしい。悪くない気分だ。本当に。


終ノ翼フリューゲル


僕の背中が膨らみ光り輝く大樹の根が姿を現す。

だが今回は吸収するわけではない。


僕が三年も寝ていた理由。

それは僕の心が引きこもっていたというのもあるがそれだけではない。


三年前の世界探索時、分裂体が吸収したエネルギー量が想像以上に大きかったのだ。

そうそれこそ一気に”二段階”適応するくらいに。


僕があの日、新たに得た能力は二つ。


”生命操作”。

”生命創造”。


まるで本当に神のような力だ。

文字通り、他者の生命を自身の都合よく変化させ、自らの思うがまま新たな命を創る。


地面を蹴る。


轟音。


一瞬の間に巨大蟹大群の数メートル先まで近づく。

終ノ翼フリューゲルで一体一体の巨大蟹に触れる。


蟹が自身に近づく輝く大樹の根をその巨大なハサミで切ろうとする。


だが。


「残念。触れた時点で能力は発動する」


吸収ではない。

”生命操作”。


自身の都合よく触れた生命の全てを操る異能。


「海にお帰り」


巨大蟹は一斉に歩みを反対させた。

僕がそう命令した。


「あ」


僕は群れの中の一匹の巨大蟹の足を終ノ翼フリューゲルで掴んだ。

無意識の行動だった。


今日のご飯ゲット。


よだれが思わず垂れる。

今日はカニ鍋である。






















母なる大地からはるか上空。

距離にして高度397キロメートル。


空の彼方。


宇宙と呼ばれていたその空間にそれはあった。


巨大な鉄の機械の群れ。様々な部位が連結し、巨大な”何か”を形作ったそれ。

その機械の側面には『NOAH』という英文字が刻まれている。


その内部。


そこには女が一人いた。

女は疲れ果てた表情で、ただ青と白に彩られた故郷の星を眺めていた。



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