第27話 巷で噂のデートと呼ばれるもの


(暑い)


ソ―フィヤは服をパタパタさせながら思った。

小型宇宙ステーションNOAHでは部屋の温度は適切に管理されており、生まれ故郷のロシアでは言わずもがなだ。


ヒカルに至ってはもう完全にだれていた。

季節は春のはずなのに、もう気温30°はあるのではないだろうか。


能力を使えば、正直にいって簡単に解決できるのだができるだけ人の力でできることは能力を使わないでしようというのがソ―フィヤがヒカルに提案した方針だった。


なぜなら、能力を使うことによって精神にどんな影響があるかわからないからだ。


どんな原理であの不思議能力が発動しているのかわからない以上、使うときは慎重をきすべきだというのがソ―フィヤの意見だった。


ソ―フィヤは、汗にまみれならも自分の手のひらを見た。

あの日、自分は死んだ。


そしてヒカルの力の一部を受け取り生まれ変わった。

文字通りの生まれ変わり。


ヒカルのように、ほかの生命を操ったり、他の生物の身体を変質させることはできないし、生命体から情報を読み取ったりもできない。


だが、自身の身体を好きに変質させること。

いいかれば自己完全変態とでも言うべき力。

それがソ―フィヤに与えられた力であった。


それは自然界において神に等しき力だ。

長い進化の歴史の中で、生き残るのは力が強いものではない。

環境に適応できた生物だけが淘汰の中で生き残る。

そういう意味ではヒカルは、人間の中でたったひとり、崩壊する世界で適応した。


その中でソ―フィヤにヒカルから与えられた自己完全変態という力は、ソ―フィヤという女を神の域に到達させた。

どんな環境になっても生き延びる。

たとえ酸素がなくなろうが、

たとえ世界がマイナス80℃以下の世界になり、すべてが極寒の氷河になろうとも、


自分とヒカルは生き延びる。

ずっとだ。そこに終わりはない。

自分たちにはもはや寿命も存在しないからだ。


完全なる不老不死。


不老不死は人類が、長い歴史の中でずっと恋い焦がれてきたテーマの一つだ。最古のもので、紀元前2000年前のメソポタミアのギルガメッシュ叙事詩にも不老不死の概念は存在したとされる。

中国を初めて統一した秦の始皇帝も不老不死を求めて水銀を常用し死んだというのは有名な話だ。


寿命が存在しない。

それがおかしなことに感覚で理解できる。

まるで生まれ持って遺伝子にプログラミングされているように。


異能の力を得たとはいえ、なんの葛藤もなく宇宙空間に生身で出れるだろうか?、あのとき自分は、少しも恐怖がなかった。

今思えば、あれもこれと同じだったのだろう。


奇妙な確信。自分は死なないという絶対な的なメージ。

健康で障害がない人間が階段から降りるのに、恐怖を覚える人がいるだろうか。

まるで、日常の何気ない動作をする感覚。あんな感覚であった。


不老不死への奇妙な確信。


胸に片手を当てる。とくとくとくと心臓の感覚がある。


(心拍は普通)


代謝は行われている。髪も正常に伸びている。

異常に心拍数がひくい亀などの生物は、長生きな事が多い。

それは他の一般的な動物に比べて動きが遅く代謝が遅い。

だからこそ長生きできる。


テロメアが減ったぶんだけ、再生している?。

若返っているのか……。


思考が加速していく。


と思ってたら、おでこから頬に汗が流れてきていて、ソ―フィヤは最初考えていたことを思い出した。


「暑ぃ」


そういえば暑いと思ってこの暑さをどうにかする方法を考えていたのだ。

脱線したことはまた後で考えよう。

幸いにして時間はたくさんある。


「ソ―フィヤさん暑ぃ」


ヒカルが横になったまま呟いた。

その顔には自分と同じく汗が流れている。


「早急に住居を改善する必要があるか」


ソ―フィヤはよしと立ち上がって、ヒカルの腕を掴み立たせた。


「へ」

「まずは知識と材料を集めるとこからだ」


有無を言わさずソ―フィヤはヒカルを外に連れ出した。








「ソ―フィヤさんどこへ行くの?」


ヒカルが聞いてくる。

今現在、ソ―フィヤとヒカルは崩壊した道を歩いていた。

道路が割れ、いくつもの車が横転し道路を塞ぎ、これでは車が走れそうにない。


(道もつくらないといけないか)


ここに住むのであれば。


「本屋に行こう、住居づくりのヒントがあるはずだ……、あのゴーレムたちに教えるためにはまず私たちが知識を知らないといけない、あと服もほしいしな……それに」


「それに?」


「そこは秘密」


えぇ、なんでとヒカルは言った。








(あれ、これって巷で噂のデートと呼ばれるものでは)


と歩きながら思った。

ヒカルの人生のうち、女の子と二人きりで遊んだのは小学校以来である。思えばあれが人生で最初で最後のモテ期だったのかもしれない。


よくよく考えればソ―フィヤさんのような、モデルも素足で逃げ出すような美人と二人っきりのデートだ。


(でも・・・・・・)


ソ―フィヤさんはそんな恋い焦がれるような僕の気持ちをわかってはくれない。

それを思い出し、はぁ、とヒカルはため息を付いた。


ソ―フィヤさんは割とひどい。

何がひどいかというと、めちゃくちゃ無自覚に誘惑してくるのだ。たとえば、眠ってるときに抱きついてきたり、汗や水で濡れた胸元のまま平気でくっついてきたり。


なんというかボディタッチが多いのだ。

外国人特有なのだろうか。

本当に生殺しである。


3年間寝てたとはいえ、もう僕は二十歳だ。

成人。成人なのである。

R18のエロいのを合法的に見れる。


が、もちろんソ―フィヤさんにそんなことは起こせない。

変なことを言って、嫌われたりしたら僕は死ぬ。

告白なんてして拒否られてみろ、僕は死ぬ。

今ではソ―フィヤさんも、僕も寿命は存在しない。


この意味がわかるだろうか、クラス内で告白したらフられて次の日にクラス中にでまわり一年間ずっと噂される恐怖のような。

気まずさマックスの空気が、ずっと続く恐怖。


そしてソ―フィヤさんは僕をそんな対象とは見ていないのが所作の節々からわかる。いや、正直僕がソ―フィヤさんの立場でもそう思うだろうが。


なんというか、ソ―フィヤさんはよく姉ぶる。

弟的な感覚で接してくる、もしくは愛玩動物。


というか僕のこれは恋なのか?

なんかもうそれすらわからなくなってきた。

ぶっちゃけただの性y……。


ぐえーと言いながら、歩いていると目的地が見えてきた。

数百メートル先に大型のデパートの廃墟。


「ヒカル、あれ?」


「そうだよ、あれがこの町一番でかいデパート、中に市営の図書館もある」


ソ―フィヤさんが探していたのは、大型の複合施設。

確か中には市営の大きな図書館、映画館、服屋など様々なコーナーや店舗が有ったはずだ。


壁面には植物の蔓が茂り、見た目は完全な廃墟だ。


「えぇ、あれに入るの?」

「ああ、おそらく一階の飲食品コーナー以外はそこまで汚れてはいないはずだ」


そう言いながらソ―フィヤさんは、二階の駐車場につながる坂を登っていく、僕もソレを追う。


「探知」


僕は呟いて能力を使った。

いや別につぶやく必要はないけど、なんていうの雰囲気?。


”声”のソナ―。


デパート内のすべての生命の位置や感情が僕のあたまにながれこんでいく。あの宇宙空間での戦闘以来、さらに改良を加えた。

精度が画然と上がっている。ミジンコ、クマムシそんな微生物の位置も一匹一匹認識できる。


たとえA001MBSのように99.9999%鉱物に擬態しようとも探知できるように。


生命体である限り、僕のソナーからはもう逃れられない。

その分負担は大きいが、しばらくすると慣れた。


「ふぅん」


小動物はネズミやコウモリが多いか……。

うげえ、一階はさすがに虫も多いな。


だが、ソ―フィヤさんが言った通り、二階以上にはそれほど動物はいない。まあ餌なんてなにもないからな。


だが、


「ボスがいるか」


一階の食品コーナー、その作業用の扉の向かいにそれはいた。

ネズミか……?。

巨大なネズミ、いやネズミと猿が混ざったような奇妙な生物。

いや、だがその身体に様々な生き物が……。

なんだこれは。


ここからはよく見ないとわからない。

初めて見る生き物だ。


僕はソ―フィヤさんにそんな動物がいることを伝えた。















その生き物は、非常口の扉の前でどっしりと構えていた。

その生き物には、記憶があった。


崩壊前の世界の記憶。

ただ自分がちっぽけな動物にすぎず、いつも人間たちの残飯を漁って必死に生き延びていた記憶。

仲間たちは餌に扮した毒やしびれる罠で次々と死んでいった。

そして必死に種を存続させるために必死で子供を増やした。


もっともあの頃のそれは何も考えず条件反射で生きていただけであったが今は違う。


今のそれには人間と同じく知能と呼べるものがあった。

まるで神が与えた祝福のように。

もっともその生き物には神という概念はなかったが。


「キィキィキィィィィ」


それは笑った。

今や人間は、いない。

すべて滅んだ。

そして力と考える知能を得た。


どんなに大きな生き物も、数を揃え、考えて戦えば倒せる。

すべてはトライアンドエラーなのだ。

幸い失敗しても仲間は何匹でも作れる。

もはやこの世に倒せない生き物はいない。


自身が最強なのだ。


ソレはまだ自分の境地に到達せぬ仲間たちを見た。

はやく、はやく。

成長するのだ。そのときこそ、この世界のすべてが支配できる。


「キュキュイヤキュァァァァァァ」


ソレは吠えた。

その声で、デパート内の窓ガラスがすべて震えた。


ソレはあるき出した。

ところどころに散らばっているガラスの破片がその姿を映し出した。


その姿をもし人間が見れば、まるで地獄にいそうなネズミだとでも言っただろう。見るだけで吐きそうになる醜悪な生き物。


黒の体毛に、まるで蛇のように長い尾。

目は虫のように複眼で、左右2つずつ。

腕は丸太のように太く、筋肉質。

前足以上に太い後ろ脚。

そして、その体には、様々な虫や生き物が埋め込まれていた。

しかも生きたまま。


ソレは食べ物を保存するようにに身体に他の生き物を埋め込んでいるのだ。新鮮なほうが美味しいのという理由で。


コウモリ、ムカデ、子犬、様々ないきものが身体に埋め込まれその身体の一部分を覗かしていた。






パリンとガラスが割れる音がした。

ソレは、毛を逆立てた。

これは仲間ではない。獲物だ。

仲間たちには、ガラスの破片の位置を教えており、絶対破片を踏まないように教育している。


じゅるりとそれはよだれを垂らした。

罠にかかったのだ。


入り口にまばらにおいてあるガラス片はもともと敵の存在を知らせるためにソレがワザと置いてあったものだった。


「キュキュイ」


それはニヤけた。

バカが、ここに入ってくるとは。

この場所に入ってこれるような体格の生き物であればどんな生物にも負けない。


コツコツコツと獲物が近づいてくる。

それは息を潜めて、まった。

そしてもう一歩コツと鳴ったとき、


それは飛び出した。


「うわ、ほんとに出たあ」

「なるほど、これは確かにネズミとも言えないな」


ソレは驚いた。

それは人間だった。

それも二匹。オスとメス。

バカな、奴らは滅びたはずだ。


だがまあいい。

たかが人間二匹、今ではもはや赤子の手を捻るように殺せる筈だ。


見たところ武器も持っていないようだ。


人間の恐ろしいところは、所詮その知能にすぎない。

いまの成長し、知性すら得た自分に敵うわけがない。


そうだ。

人間どもを捕まえて奴隷にしよう。


なに四肢を切り落として鎖につなげば、言うことを聞くはずだ。

頭さえ無事ならソレでいい。


人間の知識は役に立つ。

利用価値がある。

人間の言葉を学習に、人間の武器を使えればさらに我らの繁栄が加速する。

とソレは思った。


「ヒカルは、周りのネズミたちを、どうやら襲ってきそうだ」

「うげ、ほんとだ」


ソレは近くにあった、テーブルを持ち上げた。


「ほう、道具を使う知性があるのか、いや入り口に置いてあったガラス片もこちらが来たことを知らせるためのものか」

「ソ―フィヤさん、あいつ知能あるよ、結構頭いい」

「なら、なおさらだ」


ソレは、人間たちが何を言ってるかわからなかった。

興味もなかった、どうせ後から知るのだ。


ソレはテーブルを人間のメスのほうに叩きつけた。


なに、殺さない程度だ。

だが、無事ではなく、人間のメス程度なら意識を失うはずだ。


「なんだ、手加減しているのか?」


金色の毛をもつ人間のメスは、テーブルを叩きつけているというのに顔色ひとつ変えなかった。そして吹き飛ばされるどころか、逆にテーブルを片腕で掴んでいた。


なんだこのメスは。


ソレは思い通りにならなかったことにイライラした。

こんな思いはひさしぶりだ。


バカが、せっかく生かしてやろうと思ったのに。

まあ二匹いるのだ、一匹くらい殺してもいいか。


ソレはテーブルから手を離して、腕を振り上げた。

人間が使っていた四角い乗り物程度なら軽くぺちゃんこになるくらいの力だ。


同程度の大きさの生き物に使えばどの生物も一瞬で絶命した本気の一撃。


シィィィィンという鈍い音がデパート内に鳴り響いた。

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