第5話 サンを拾った日
車の窓から太陽の光が差し込んでくる。
僕は起きると同時に背中の痛みに顔をしかめた。
「いってえ」
きのう車を入手してから、車の中で寝たのだ。
作業用の車には人が横になれる十分なスペースが有った。
ただ下に何も敷いていなかったので、背中が痛い。
窓から外を見る。
朝日が誰も居ない街を照らす。
小鳥と、野良猫が視界の隅に見える。
「おはよう」
外に向かってつぶやく。
僕の挨拶を聞いたのかわからないか奥の野良猫が『みゃあ』と鳴いた。
後ろドアはスライド式なので横に引っ張りドアを開ける。
外にでると、冷たい空気が頬を触った。
うーんと背を伸ばす。作業用車の硬い床で固まっていた筋肉がほぐれていく。
車のトランクを開ける。
この車はつながっているため別に開けなくても良かったが空気入れ替えのためだ。
中からバックパックを取り出す。
ペットボトルから少しだけ水を手に乗せて顔を洗う。
さっぱりとした感覚のまま、荷物を下ろす。
「朝ごはんは~」
と言ってそんなにお腹が空いていないことに気づく。
スマホを見ると時刻は8時半。
「先にホームセンターから行くか」
僕は朝ごはんを食べる前にホームセンターへ行くことにした。
自転車では持ち運びできなかった物資や、この硬いベッドを柔らかいベッドにするためだ。柔らかい寝床が恋しい。
僕は荷物を車に入れ直しエンジンをかけた。
薄暗い、恐らく従業員用の扉を開けて中に入る。
暗い、やはり行きつけのホームセンターとはいえ真っ暗な場所に入るのは怖い。
一応、能力を使い敵意がある存在がいないか常時調べているが怖いものは怖いのだ。
「こええよお」
ホームセンター内部は窓が存在していなくて、朝だと言うのに一切光を通さない。
懐中電灯のスイッチを入れる。
一瞬眩しさに顔をしかめたが、すぐに慣れた。
それなりに高かった懐中電灯なので結構明るい。
前方数十mが光にさらされてよく見えるようになる。
少しずつ歩く。
「ちくしょう……ホラー映画を見ている気分だぜ、怖すぎて漏らしそう」
誰も居ないホームセンターに僕の声が響く。
少し歩くと数台のレジが見えた。そばには黄色い買い物かご。
買い物かごを手に取る。
まずカウンターの前にある棚から電池をありったけとる。
「ライトは確か……」
入り口から奥の方にある電気コーナーに歩いていく。
電気コーナーには沢山の種類の懐中電灯がある。
今握っている懐中電灯もここから入手したものだ。
新品の箱から同じ種類の懐中電灯を取りだす。
値段は約三千円。地面にもおけるすぐれものだ。しかも防水。
新品の懐中電灯4本に電池を入れスイッチを入れる。
「おお明るい~、これが文明の光か……」
懐中電灯4個分の明るさが増える。
ものすごい明るさだ。
懐中電灯を一つずつ通路に置く。まるでオシャレな道路のようだ。
薄暗かったホームセンター内がそれなりに明るくなる。
「よし準備完了……」
楽しい楽しい買い物の時間である。
「まずはカー用品~」
昨日手に入れた作業用車の内装を変えるのだ。
具体的にはマット敷いたり、香りのやつをつけたりである、
良さそうなやつの箱を片っ端から開けて中を確かめる。
少し使ってみて本当に良かったものは買い物かごにいれていく。
「次は水のタンク~」
メモに書いてある買い物リストをみながら次々と商品をとっていく。
値段なんて見ない。強いて言うなら一番高いものをゲットする。
金持ちになった気分だ。
バケツや水関係のものが置いてあるコーナーに蛇口付きの白いタンクがある。
これも欲しかったのだ。
白い水タンクをもち入口へ向かう。
買い物カゴで持てきれなくなったので一旦入り口に荷物をおいておくのだ。
入口のそばにカートが並んでいる。
「最初からカート使えばよかったな……」
暗闇が怖くていっぱいいっぱいだったのだ。
「あとは……ああキャンプけいの」
入り口からすぐ近くのテントが見本として展示されているコーナーに向かう。
適当にキャンプ用品を買い物かごの中に入れていく。
折りたたみできるテーブルとか、椅子などである。
「それと……ああそうそうガソリンのやつも」
車や発電機で必要になるガソリン。ほぼ必要不可欠なものだ。
だがガソリンスタンドは機能しておらずガソリンが出なかった。
なので路駐している車から入手する必要がある。
「というわけで給油ポンプ」
給油ポンプもカゴに入れる。
とりあえずメモ帳に書いてあるものは入手した。
あとは適当に見回り役に立ちそうなものもどんどんかごに入れる。
そして僕は懐中電灯の電源をオフにしてホームセンターを出た。
ホームセンターの駐車場に止めてあった車に向かう。
外では相変わらず野良猫や小鳥が穏やかに過ごしていた。
人間が居た頃よりどことなく幸せそうにも見える。
買い物かご3つをカートで車に運ぶ。荷物を車の前に下ろす。
そして作業を開始した。
まずはじめにアルコールで車内すべてをふいた。
そして後ろに人二人がギリギリ乗れそうなマットを敷く。
そして横にテーブルとモバイルバッテリー。
そしてその横に白い水タンクを二つ。
運転席と助手席にもマットを付けて、クーラーにはクリップ式の香水を付ける。
窓には黒いサンシェード。
最後に初心者マークを貼る。
初心者だからはらないとね。
「完成!」
車中泊用の車完成である。
自家発電できる家が見つかるまではこれが家である。
「続いて朝ごはん~」
バックパックの中から食料を取り出してテーブルの上に置く。
「同じ食事でもテーブルの上に置くだけでいい感じやな~」
唐突にエセ関西弁が出る。
テーブルの上にはカロリーミートと呼ばれる栄養クッキーと天然水、そして今日はそれにココア味のプロテインがある。あと野菜サプリメント。
とりあえずカロリーミートとサプリメントをたべて水にプロテインを混ぜて飲みこんでいく。
「うえっまっず」
さすがに美味しくはない。けど栄養はありそうだ。厳密に計算したことないので憶測だが。というか適当。
ご飯を食べ終わり片付けたあと、運転席にいき、エンジンをかける。
「おっいい匂い」
クリップ式の香水なのでクーラの起動とともに香りが広がる。
甘いピンクな感じの匂いがする。私こういうの好き!。
「よしじゃあ行くか」
家さがしの旅へ。
「ああ、結局見つからねえ……」
隣町の隣町まで来たが結局、今日はいい感じの家は見つからなかった。
やはり条件が厳しいか、この際太陽光発電設備があればもうどこでもよくなってきた。
発電設備は必要なのだ。僕の快適なゲーム生活のために。
もう日もくれてきた。
今日はもう無理そうだ。だが自転車で探していた頃に比べ随分と余裕がある。
と止まる場所を探していたら声が聞こえてきた。
“ママオキテ、ママオキテ“
今この瞬間にも僕は能力強化のためと生き残り探しのためにずっと能力をソナーのように広げている。すると尋常じゃなさそうな声が右方向から聞こえてくる。
これは犬。しかも子犬の声だ。
車から降りて声の方向に向かう。
すると金持ちそうな一軒家が見えてきた。
玄関の隣には駐車場があり高そうな車が二台並んでいた。
「失礼しまーす」
一応声をかけて中に入る。
ドアをノックするが返事はない。
「鍵は……されてるか……」
玄関の鍵はされている。
家の周りを歩いて周りどこか入れる場所がないか探す。
するとリビングの窓は空いていることに気がついた。
窓を開けて入ると、一瞬悪臭に顔をしかめる。
見なくても分かる。死体の匂いだ。
リビングに入ると、まず目に入るのは大きなテレビだった。
ほんとに大きい。
軽くベッドくらいあるんじゃないだろうか。しかも薄い。
そして左方向を見ると真っ赤で大きなソファの上に三人の死体があった。
家族であろう。背の高い成人男性と30あたりの女性、その間に小さな子ども。
死体ではあったが幸せいっぱいとでも言うような雰囲気があった。
家もまだ新築のような匂いもする。
「これからだったのにな……」
夫であろう男に向かって言う。
ソファの上に目を向けたあと奥に見えるキッチンの方へ視線を移す。
そこがこの声の持ち主の居場所だ。
少し足を早めて歩く。
そこには大きなペットケージがあった。
中には大きなゴールデンレトリバーと恐らくその子供であろう子犬のゴールデンレトリバーがいた。
子犬はこちらを見て怯えている。母犬はピクリとも動かない。感覚でわかる。死体だ。
こちらを見て怯えている子犬は、あの崩壊の日から今まで生きてきたのだ。食料も与えられず。
いや、違うか。
あの母犬らしい大きなゴールデンレトリバーが子供を守ったのだ。
自分は食べずに。子供には乳を与え。
それで母犬は力尽きた。子供を必死で生かして。
「がんばったな……」
檻をあけ母犬に触ろうとすると、子犬が膝に噛み付いてきた。
この子も母犬を守ろうとしているのだ。声が伝わる。
怯えているのに、必死で。
子犬を抱きかかえる。すると子犬はどうしていいのかわからないと言った表情でおとなしくなった。
敵意がないことがわかったのだろう。
触れてみると子犬は結構痩せていることに気がつく。
「これじゃそのまま外に出してもダメそうだな……」
僕はもう決めていた。
「一緒にくるか……?」
子犬に語りかける。子犬はつぶらなひとみを向けてくる。
うんと聞こえた気がした。
部屋の中から新聞を探して、この家の持ち主である家族と、母犬に新聞紙を広げてかける。
一旦子犬をおろし死体に向かって手を合わせたあと、外に向かった。
もうこの家に要はない。
「くるならおいで……」
子犬は母犬にもう一度顔を近づけたあと、こちらにゆっくりと向かってきた。
子犬を抱える。
そうして僕は外に出た。
子犬を助手席に乗せる。
そこで気がつく、一緒に、家族に鳴るのであれば名前が必要だ。
「そうだな、お前の名前は」
子犬はよちよちと立ち上がって必死に膝に登ってこようとしいる。
その金色の毛先が肌に触れる。
「サン、お前の名前はサンだ」
太陽。なんとなく浮かんだ名前だ。
サンはどことなく嬉しそうにくうーんと鳴いた。
サンを拾ったあとすぐに、食べ物やグッズを手に入れるためにペットショップへ行き、ペット用品を車に載せた。その中には犬用の粉ミルクもある。
サンはそれを本当にお腹が減っていたようにものすごい勢いで飲んだ。
「そんなに早く飲むな……お腹壊すぞ」
僕は自分が久しぶりに微笑んだような気がした。
今は夜の9時。ご飯を食べ終わったあとサンは助手席で毛布に囲まれながら寝ている。
それを少し眺めて僕はポッケからメモ帳を取り出した。
何故か。それは今日から日記を付けることにしたからである。
学校も何もかもなくなったこの世界、少しでも日付を感じないと曖昧になりすぎると考えたのだ。
ゆっくりとサンを起こさないように書く。
『○月□日
今日から日記をつけることにした。
とはいっても簡単なものだ。3行くらいで。
今日はホームセンター車の内装を綺麗にしたあと、いつもの家探しをした。
途中で子犬を拾い、その犬をサンと名付けた。
サンかわいい。それにどことなく頭がいい感じがする。
サンがすくすく育ってくれれば嬉しい。
長くなってしまったが今日はこんな感じだった。
明日こそは家を見つけたい』
メモを閉じる。そしてサンを起こさないようにゆっくりと後ろに移動し視界を閉じた。おやすみサン。
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