第6話 適応段階2
ぺろぺろと何かが頬を舐める。
「ん、なん」
なんだろう。
目をゆっくりと開ける。そこには小さな子犬が居た。
金色と茶色の間のような色の子犬。
「サン」
そうだった昨日、子犬を拾ったんだった。
サンをなでる。サンは恥ずかしそうに顔をそらした。
起きると同時にソナーのようなものが僕から広がる。するとサンの心が伝わってくる。
サンは僕をまだ主人とは認めていない。どちらかというと兄弟のような部類だ。
こういう時生き物の気持ちが伝わるというのは便利だ。
「ああ朝ごはんか」
ゆっくりとドアを開ける。冷たい空気が車内に流れ込む。
外に出ていつものように伸びをする。
サンも地面に下ろす。
白い水タンクのコックを回し水を出して顔を洗う。冷たい。
運転席に置いたサンの水飲み用の皿も一度水洗いしまた水を注ぐ。
皿を地面に置くとサンはぺろぺろと舐め始めた。
と僕も後ろから荷物を取り出す。
「え」
取り出す直前。シートに置いた右手。何かが手のひらに触れた。
なんか柔らかいもの。
手のひらを顔に向ける。そこには黒茶色のあれがあった。
「サーン」
サンがこちらに顔を向ける。?と首を傾げている。
可愛い。じゃなかった。
「こら!ここですんなって言ったじゃん!」
汚れてないほうの手でまたコックを回し水を出して手を洗う。
サンを両手で持ち上げて、怒る。
車の隅においてある。ダンボールにサンを下ろす。
「ここでトイレはしなさい!」
なんとなく怒っているのがわかったのだろう。
でもサンはキャンと笑った。
こ、こいつ。
驚くべきことにサンはなんで怒っているかわかっている。
“能力“でわかる。
なのにここでしたのだ。
「はあ」
許さねえ。ぜったい、言うこと聞かせてやる。
僕は本屋に行き、犬の躾の本を読んで勉強することを決めた。
運転席でご飯を食べた後、僕は車を運転していた。
何時も通りの家さがしの旅だ。
助手席ではサンが丸くなって寝ている。
ごはんをいっぱい食べておねむのようだ。
視界が両端から流れていく。
街には犬猫の野生動物が屯していたり、謎のチラシや空き缶が転がっている。
車が近づくたびに犬猫が逃げていく様子が眼前に映る。
誰も居ない。“動かない人“はそこら中にいるが。
適当に歌を歌いながらハンドルを操作する。
マンション・茶色の一軒家・アパート・マンション・空き地・アパート。
建物が前から後ろに流れていく。
少しずつ、アパートが消えて一軒家が多くなっていく。
「すっごい豪華な家」
小さな道路の右、そこに門があった。
門と言っても屋根があるなんとなく豪華な門。
レバーをパーキングに入れてエンジンを切る。
サンが“何?“とでも言うように顔を上げてこちらを見る。
「少し待っとけ」
サンをなでて外に出る。
門の中に入ると少し歩いたところにまた小さな門があった。
中に入る。
そこは大きな日本家屋があった。
「すっげえ」
横には庭が広がっており大きな池がある。
池には鯉が数匹泳いでいる。おそらくろ過も働かないであろうにまだ元気だ。
「あっ鹿威し」
動いてないけど。
石でできた小道を歩むと、扉がある。
「すみませーん誰かいませんかー」
もちろん返事はない。
中はまるで旅館のようであった。
靴を脱いで中に入る。
木と死臭。二つの匂いが混ざる。
襖を開けて中を探索していく。
奥の大広間。そこには数人のスーツ姿の男の動かない“何か“、そして一番奥に大柄な老人だった“何か“が壁にもたれて座っていた。
「なんだこいつら……」
明らかに堅気じゃないような雰囲気をぷんぷんさせている。
男たちのスーツを軽く脱がすと上半身に絵があった。
和彫りの入れ墨。それが白シャツを透けて確認できる。
「おそろしや」
男たちは完全にヤのつく職業の人達であった。
街のハズレにある巨大な日本家屋の家はヤクザの拠点だったらしい。
「あれ……」
高価そうな掛け軸の前に一本の刀が置かれていた。
「本物か?」
ゆっくりと両手で持ち上げる。
結構重い……。
ヤクザ映画に出てくるような長ドスというわけではなく綺麗な彫刻が施された鍔がある日本刀。
時代劇の侍のように腰に構えてゆっくりと鞘から刀を抜く。
白銀の刃が光にあたって薄く輝く。
「これ、ほんものだ……」
ナイフの切れ味を確かめるように親指の爪で確認する。
爪の表面に引っかかり爪が少し剥がれる。
うをおおおとでも言うように心が沸き立つ。
中2に戻ったような気分だ。
振る。スッと空気を切り裂く音が耳に届く。
やはり重い。振るとさらにその重さを感じる。
ゲームで刀を使うように真似をする。
シッ、スッと部屋の空気が切れる。
「か、かっけえ」
とりあえずこれは回収である。
刀を鞘に収めて家を探索を続ける。
しばらくは空の部屋が続く。
そして先程の大空間から離れた小さな部屋。
小さなとはいっても先程の空間に比べたらという意味である。
まるでそこは高そうなホテルの部屋のようだった。
なんとなくこの部屋だけ雰囲気が違う。
大きなテレビの前に小さな座椅子。
そこに“動かない女“が座っていた。
「うわーすっげえ美人」
20代の若い女。それもとんでもない美人である。
しかもすごい胸がでかい。ちょっともんだのは内緒。
ヤクザ屋敷に若い美人の女がひとり。
なんとなくムフフな妄想が広がる。
でも可哀想なのは抜けないと思います僕。
とまあこんな感じで戦利品の刀を手に入れ僕はヤクザ屋敷を後にした。
車に戻るとサンがきゃんきゃん吠えて待ちわびていた。
衰弱してるかと思えば結構元気な子である。
僕がどや顔で刀を見せると「なにやってんだこいつ」みたいな目で見てきた。
ふっ所詮犬畜生にはわからないかこのロマンは。
ハンドルを握る。
ボクの動きが止まる。
サンが「でないの?」と“声“で伝えてくる。だが僕はそれになんの反応も示すことができなかった。今まで経験したことない感覚が僕を襲っていたから。
なんだこれ。なんだこれ。なんだこれ。
視界がおかしい。くるくると回っている。
痛い。
「あfsだやBAいあああ…あああああ」
頭がおかしくなる。唐突に強烈な痛みと不快感が僕を襲っていた。
サンが跳ねながらきゃんきゃんと吠える。
変えられている。違う。
適応しているんだ。僕の身体が。この周りを満たすUEに。
吠えるサンを視界の端で捉えながら僕は意識を失った。
起きたら世界が変わっていた。
正確には僕の感じる世界が。
こちらを心配そうに見つめるサン。
サンに心配いらないよとでも言うようにゆっくりと撫でる。
手のひらから流れてくる。頭のおかしいほど膨大な量の情報。
サンの身体の細胞一つ一つの働き。塩基配列。記憶など。
サンという子犬を構成するすべての成分、情報が僕の身体に流れ込んでくる。
「そっかやっぱりお前普通の子犬じゃなかったんだな……」
すべての動物がUEに適応し始めている。
サンの身体はそれを教えてくれた。
これからすべての生物が奇妙な進化を起こすだろう。
例えば昆虫が巨大化したり、犬が巨大になったり、トカゲが言葉を話すようになったりするかもしれない。
僕の“なんとなく生き物が考えていることがわかる“だけだったはずの能力は進化した。
“なんとなく生き物が考えていることがわかる“という力に“生物のDNAや記憶など構成する情報を完全に解析する“力が加わった。
今ならばいろんな事がわかる。
僕の“能力“は無限大だ。これもまだ適応の1段階目でしかない。
もともとその予兆はあった。そして能力は完全に進化を果たした。
たぶんこの解析能力は死体ですら解析可能だろう。生きているということが条件ではないのだ。
面白い力だ。
少なくともしばらくは退屈しないかもしれない。
しかもこれはまだ1段階目だ。
今なら自分の体のことも分かる。いやわかり始めている。
僕の能力はしばらくすればさらに進化する。
完全体になればどんな力になるのだろう。
今なら何でもできる気分だ。
まるで神にでもなったような気分で僕はハンドルを握った。
としばらくして遠くに家を見つけた。
探していた家だ。
太陽光発電のパネルがあって2階建ての立派な家を。
今日の日記。
『ヤクザ屋敷で刀を入手した。
あと“能力“が進化して生き物を構成する情報がわかるようになった。
死体からも記憶を覗けるのでしばらくは退屈しなそう。
あとついに念願の太陽光パネルがある家を見つけた。
明日から探索を始める。できればちゃんと使えて欲しい。快適なゲームライフのために』
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