第3話 地球滅亡のワンシーン

「ひっ、あ、ああ。うわあああ」


 頭が真っ白になる。

 なぜ?意味がわからない。


 なんでなんでなんで。


 意味がわからない。


「た、たたtたける!!起きろ!おい!!」


 健は返事をしない。死んだように動かない。


「てて、寺島さん!!寺島さん!!起きて!!」


 寺島彩乃は返事をしない。死んだように動かない。


「上原さん!!、上原さん、みいさん!!……」


 上原みい子は返事をしない。死んだように動かない。


「あ、あ、あ、、ああ、あ」


 宮本美桜の首筋に手を当てる。

 なにも感じない。


 健の首筋に手を当てる。

 なにも感じない。


 上原さんの首筋に手を当てる。

 なにも……。


「あああああああああああ」


 ち、ちがう。


 こんなことして場合じゃない。


「きゅ、きゅ、救急車呼ばなきゃ、は、はやく」


 震える指を必死で抑えながら、番号を押す。


「ああ、ちがう、まちがえるな」


 鳴る。


 鳴る。


 鳴る。


 のに、でない。


 緊急通報がでない。


「ありえないだろ……」


 なにやってんだよ。命かかってんだよ。


 まだ、間に合うかもしれないんだ。


「とれ、とれ、とれよおおおお!!」


 ピー。ピー。ピー。


 スマホを投げ捨てる。


 部屋を飛び出す。

 走る。カウンターに向かって。


 廊下には何人かの人が倒れていた。


 カウンターでは女子大生くらいの女の子が倒れていた。


「なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ」


 キッチンに入る。


 そこには二人の店員が倒れていた。


「なんなんだよこれは!!、なんでみんな動かなねえんだよ!!」


 なにかのテロだろうか。

 それに巻き込まれた?。


 外にでる。

 そこには見たことない光景があった。


 路駐。


 それが数十台ほど並んでいる。


 路駐だけじゃない。

 道路の真ん中で横になって止まっている車もある。


 誰も動かない。


 ハザードランプの赤い光だけが点滅していた。



 








 あれから思いつく限りのやるべきことはやった。

 知り合い全員に連絡を取ろうと、健たちに心臓マッサージをした。


 誰も、何も変わらなかった。誰も電話を取らなかったし、誰も生き返ることはなかった。


 道路では、車の中で横になっている人、道路で倒れた人、重なり合って倒れているカップル、電柱に力なくもたれている老人、みんな死んでいた。


 それ見ていつの間にか僕の脚は家に向かっていた。

 もう頭が考えることを放棄していた。


 街を歩く。人が死んでいる。人が死んでいる。人が死んでいる。人が死んでいる。


 まるで地球滅亡のワンシーン。


 しばらく歩いていると古ぼけたアパートが見えてくる。僕の家だ。

 鉄筋むき出しの階段が見える。201,202、と続いて203号室が見える。

 僕の部屋。隣には204号室。


 それで僕は思い出した。


 玲香さん、家の隣に住む親切なお姉さん。

 

 彼女は無事なのだろうか?。


 トボトボ歩くのをやめ走って階段を上る。階段を登る荒く鈍い音が響く。

 自分の部屋を過ぎて204ののドアをどんどんと叩く。


「玲香さん!!玲香さん!!」


 もしかしたら中にいるかも知れない。

 あわてて、自分の部屋に入り、ベランダへ向かう。


 窓から身を乗り出して玲香さんのベランダに入る。


 玲香さんは外出してる時カーテンをしない派なのだ。


 カーテンがされていない。

 

 つまり玲香さんはいない。


「……いない」


 よかったと言うべきなのだろうか。

 仲の良い玲香さんの死体を見ずにすんで。いまのところ僕以外に生きている人を見たことがない。


 きっと玲香さんはもう。


 自分の部屋に戻る。ボフッと布団に倒れ込む。


 きっと夢なのだ。こんなことが現実にあるはずないじゃないか。


 もう何も考えたくない。












 薄暗い部屋にピピピピピという音が響く。カップラーメンの捨て容器の山の中に丸っこい時計。それが震えながら音を響かす。


 僕の手がほぼ無意識に手をのばす。

 ベチっと音をたてて目覚まし時計を止める。


「あーすごい嫌な夢みた」


 僕以外すべての人が唐突に死んでしまう夢。

 ゆっくりと立ち上がってライトのヒモを引っ張る。


 部屋の中が明るくなる。


「いつもながらひどい部屋だな」


 すっごい疲れた気がする。

 キッチンに行き冷蔵庫から牛乳パックをとりラッパ飲みする。


 下品だと思うが止める家族もいないのだ。


 時計を見ると6時50分を指していた。

 いつもどおりの時間帯だ。


 何気なくリモコンを取りテレビの電源を入れる。


「え」


 番組は流れてなかった。

 砂嵐だけがそこにはあった。


 表情が固まる。

 最悪だ。


 立ち上がってカーテンを開ける。

 窓から見える道路には“動かない人“が数体転がっていた。


 悪夢はまだ覚めていなかった。







 チクタクチクタクと小さな時計の音が異様に大きく聞こえる。

 ため息じゃない震え声が漏れる。


「どうしたらいい?」


 僕の頭は一晩を経て少しだけ冷静になっていた。

 わからない。何も。まず何故こうなった。

 なぜ自分以外の人が死んでいる。


 国規模のテロだろうか。

 いやそれとも何かの兵器をどこかの国に使われた?


 だがそんな国家間で“何か“あったというニュースは最近なかったと思う。

 そんないきなり打つものだろうか。

 

 疑問が湧き出ると、また一つ二つと疑問が出てくる。


 昨日何があった。

 少なくとも夕方までは普通だったはずだ。


 何か変わったこと。


「あったか……」


 隕石。クリハン仲間の谷口が言っていた。

 夕方頃日本海に墜ちた隕石。


 あれが墜ちたらしい時間帯から何か“小さな違和感“があった気がする。


 何故気づかなかった。


 その“小さな違和感“は今も僕の周りにある。


 あれが何かしたのだ。言葉では言い表せないががそうだと身体が理解する。


「ネットはつながるか……」


 スマホを取る。

 電波はある。

 掲示板とニュースサイトを見る。


「更新されてない……」


 22時を境に掲示板のレスもネットニュースも途絶えている。

 掲示板のレスには『なんかみんな寝てるんだけど』というレスも何個かあったがそれも22時には完全に消滅している。


 ここが恐らく最後の死のライン。


「海外はどうだ…」


 あの隕石のせいであれば、あれが墜ちたのは日本海。

 海外は無事な可能性が高い。


 有名な海外の掲示板を見る。


「こっちも10時付近か……」


 同じ時間も22時付近で海外の掲示板もレスが途絶えている。


「これじゃ外国も……」


 たった数時間で世界を覆えるものなのだろうか。

 この“小さな違和感“は。


 身に纏わりつく“小さな違和感“ほんとにこれは何なのだ。

 

「何かの気体?毒ガス?」


 わからん。

 だがこれが何かをしてみんなを殺したということだけはわかる。


 “能力“を意識して使っている。


 だからなんとなくわかる。

 これが身体に入り込み生物を即死させている。


 そして僕が一人だけ生き残ったのはきっとこの“能力“のおかげだ。

 こ’の“小さな違和感“が身体に入り込み変質するのを“能力“が防いでいる。


 いや防いでいると言うよりはなんだろう……。

 適応。この“小さな違和感“が身体にとって悪くないものになっているような。


 不思議な感覚。


「能力様様……か……」


 もし地球でたった一人、僕だけが生き残っているとしたら。

 僕は狂わないでいられるだろうか。


「ってまだそうと決まったわけじゃない……」


 僕は、健や宮本さんたちのことを考えないようにしていた。

 ちゃんと見つめるにはまだ時間が足りなかった。


「これからなにしよう……」


 とりあえず僕は学校に行くことに決めた。

 生き残りを探すために。






 見慣れた道。ただ違うのは、路駐まみれの道路と無数の死体。

 まるで地獄絵図だ。

 ひとっこひとり動かない。


 一夜経って僕の頭は冷静だった。

 いや、頭が麻痺してるのだ。心が動かない。


 歩く。歩みを止めないように。気を抜けば止まってしまう脚を無理やり動かす。


 三人組の学生グループ、四十代位のおばさん、サラリーマン風の男性二人組、メガネを掛けた少年、みんな死んでいる。


「っ」


 悪臭。一夜たった死体が放つ匂い。汚れと糞尿の混じった匂い。

 それが街中を満たしている。


 都心に行くに連れその匂いは強くなる。当たり前だろう。都会に近づけば近づくほど人は多くなる。いま地下鉄なんかがどうなっているか考えたくもない。


「誰かーだれかいませんかー!!」


 風の空気を切る音だけが返事をする。

 いないかと思った時僕は気がついた。

 こんなものよりもっと確実に生き物を感知する方法を僕は持っているではないか。


「能力使うか」


 “生き物の声が聞こえる“という生まれ持った僕の異能。

 それを全身全霊で開放する。

 ソナーのように波動が広がる。


「あっ、グッ……あぁぁ」


 痛い。脳が割れそうだ。

 こんなに本気で能力を使ったことがなかったから。


 膨大な情報がソナーの中心地である僕に流れ込んでいく。

“ミズホシイ、ミズホシイ”

“ヒカリホシイ、ヒカリホシイ“

 という無数の声が響く。

 これは植物の声。


 朝は気が付かなかったが植物は生きている。植物はまだ生きている。

 まだ死んでいない。全部が死んでるわけじゃない。


 ダメだ。涙が出てくる。

 少なくとも生き物がみんな死んだわけじゃない。

 

“エサタベたい!!“

“アイツドコ!!“

“ゴシュジン!!ゴシュジン!!“


「これはなんの声……」


 声に近づく。そこには一軒の家があった。

 聞こえる。能力の方じゃない。現実の声だ。


 みゃあ、みゃああと声がする。猫だ。


「すみません、だれかいませんか」


 わかる。ここに人間はいない。それはもう能力でわかっている。ただ言っただけだ。

 庭から入り、窓の鍵はされていなかったのでなかに入る。


 にゃあああという声とともに数匹の猫が飛びかかってくる。

 猫屋敷だったようだ。


 猫たちは飛びかかってきたあと外に出ていった。


 二階に上がる。


 そこには一人の老婆の死体があった。

 おそらく猫たちの飼い主だろう。


 手を合わせて猫屋敷だった家を出る。


 猫だけじゃない。その他にもいろんな生き残った動物の声が聞こえる。


 ひとりじゃない。

 

 こんな世界になっても生き残っている動物や植物たち。


「死んだのは人間だけってわけ……」


 僕の頭に何百年にも渡って地球を汚染していく人間に神様が罰を与えたのだという考えが浮かんだ。

 それから、囚われている犬や猫を外に出しながら僕は学校についた。


 もちろん生きている人間は誰も居なかった。


















 あれから3日がたった。

 その間僕が何していたかといえば『クリハンZZ』に没頭した。

 もう考えることをやめていたのだ。

 そのおかげである程度心は安定してきた気がする。

 時刻は昼13時57分。


(喉乾いたな)


 トボトボとした足取りで冷蔵庫を開ける。

 冷たい空気がくると思っていたのだが来ない。


 上を見ると冷蔵庫のライトが付いていなかった。


「まさか……」


 あわててテレビに目を向ける

 さっきまで『クリハン』していたはずのテレビはその輝きを消していた。


「電気止まっとる……」


 頭が空白になる。そして一瞬。


「うわあああああああ電気が止まったああ!!文明の利器がアアア」


 あまりのことに麻痺していた頭が沸騰する。

 謎の興奮のまま部屋の中を転げ回る。

 その最中に思い出す。


「みみみm、水は!!」


 慌てて立ち上がり台所の蛇口をひねる。

 水がシャーッと落ちていく。


「ほ、よかったまだ出る」


 と思ったら止まった。


「うわあああああ、水まで止まったああああ」


 え、やばくない?と改めて思う。あまり考えてなかったがおそかれはやかれこうなる可能性はあった。


「ま、まさか……」


 ネットを見るためにスマホを開く。

 そこに電波は通ってなかった。


「ぐえええええ、終わったああインフラ終了したあああ」


 電気、水、ネットすべてが一瞬にして止まった。しかもほぼ同時に。

 最悪である、止まったことがではない。いや嘘。それもだけど。


 これをあれから三日間予想してなかった自分が。予想していたら水が出るうちに、どこかにためておいたし、ネットでサバイバル術などで検索しまくっていた。


 ほげえええと言いながら部屋中で奇妙な踊りをする。

 もうなんだろう。絶望感や孤独感が一瞬でピークに達して頭ががおかしくなってしまった。


 身体を動かしてなんとかテンションの低下を防いでいるのだ。

 自分でも謎だが。


 ビチっ!!という音が部屋に響く。僕が僕をビンタしたのだ。痛え。


「よし、とりあえず……落ち着いた」


 これからほんとにどうしよう。

 なんで僕三日間もゲームしたんだろう。

 そんなことが頭をくるくる回っている。


「とりあえず、今までのことをまとめよう」


 そうこう言うときこそ冷静にである。

 ノートを取り出し1ページちぎる。そしていままであったことを書く。


①20XX年○月△日夕方、隕石が墜ちる(そこからなにか出た?)

②同日21時、カラオケで奇妙な眠気に襲われ眠る。

④起きたら健たちが死んでいる。

⑤22時まででネットのレスや更新が途絶えていることから健たちと同じく人類がほとんどがそれまでに死亡していると仮定。すくなくとも僕の住んでいる〇〇町に生存者はいない(“能力“で確認済み、人間以外の動物や植物は生存)

⑥三日間、脳死のままゲーム

⑦○月☓日約14時に水道、ネット、電気が止まる。


 書き終わる。

 どうすんだこれ。改めて思う。

 ひ弱な現代っ子に原始時代なみにサバイバルせよというのか?……。


 僕はあまりの事態に考えるのをまたやめた。

 そして布団にくるまって寝た。

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